第9話 ザビロ・クロー
◆
ザビロ・クローの執務室はカジノ・クローの奥にあった。
ゴテゴテとした派手な装飾が目立つ成金趣味全開の部屋である。
だが、ザビロにとってここは一番のお気に入りの場所だ。
そもそも上品な部屋なんてものの良さをザビロは理解できないし、する気もない。
なにごとにつけ、本能のままに行動したいというのがザビロの願いである。
美味いものを食い、飲みたい酒を飲み、抱きたい女を抱く。
気に入らないやつはぶっ殺し、欲しいものは奪ってでも自分のものにする、それがザビロのモットーだ。
ザビロも若い頃は魔闘士をやっていた。
順調にキャリアを積み上げ最終的には上級魔闘士にもなっている。
その頃の鍛錬のおかげだろう、腹回りに無駄な肉がついたとはいえ、四十五歳になった今でも体は筋肉質だ。
だが、十年前のある戦闘でザビロは右目を魔物に奪われた。
それはそのままキャリアの終了を意味していた。
そうはいっても、多くを望まなければ普通の生活をしていくことは可能だったはずだ。
上級魔闘士ともなれば、それなりの収入はある。
だが、ザビロは自分の欲望に忠実すぎる人間だった。
そしてザビロは最低のクズでもあったのだ。
ザビロは金を稼ぐために裏社会で生きていくことにした。
最初に手を付けたのは違法ドラッグの売人である。
しかもそれを同じチームだった下級魔闘士や準魔闘士たちに売りつけたのだ。
そうやってまとまった金を稼ぐと、今度は高利貸しを始めた。
もちろんドラッグの販売も止めてはいない。
だまされ、薬物中毒になった準魔闘士の女が何人も娼婦にさせられ、その仲介手数料でザビロの資産はまた増えた。
やがて金貸しと娼婦の斡旋で財を成したザビロは、ついにはカジノや賭博場を開くまでになった。
最近では食い詰めた人を集めて魔結晶ビジネスにも手を出し、手広く商売をしている。
このように金は順調に増えていたが、ときにはうまくいかないことも起こる。
たとえばこんな風に。
「ザビロさん、まずいことが起こりました」
手下の一人が駆け込んできたとき、ザビロは分厚いステーキを赤ワインで流し込んでいる最中だった。
「どうした?」
「エリアBに行かせたチームが全滅しました」
「なにぃ?」
「生き残りの話では魔結晶の大鉱床を見つけた直後にレッドゴックに襲われたそうです」
「クソがぁっ!」
ステーキに叩きつけたフォークが食器を割り無駄に大きな音を立てた。
「被害はどれくらいだ?」
「ポーターのほとんどは死んだので魔結晶の回収はできていません。魔闘士も十人以上死んでいます。装備品の回収もしていないようです」
残してきた魔結晶や道具は他のチームが拾ってしまうのだろう。
そのことを考えると、すぐにでも暴れ出したい衝動にかられた。
ザビロは他人が得をするのが何よりも嫌いだったのだ。
「どいつもこいつも役立たずばかりだ! 俺が若い頃はレッドゴックくらい一人で仕留めたもんだぞ!」
その言葉に誇張はなかったが、前線で戦ったのはザビロではない。
しかも彼らはずっと安い給料で働かされていたのだ。
前金をケチるから雇う魔闘士の質は落ちる。
こうなることは仕方のないこととも言えた。
怒りが治まるとザビロは静かに指示を出した。
「とにかく、さっさと生き残りを連れてエリアBをチェックしてこい。まだ荷物が残っているかもしれねえ。回収できるものは何でも回収するんだ。いいな?」
「わかりました。それから奴隷が一人死亡したと思われます」
「奴隷だぁ?」
「リセッタとか言う小娘ですよ。さすがに娼館では使い物にならないので地下洞窟で荷運びをさせていたんです」
「ああ、20万クロードで買ったあのガキか。やれやれ、とんだ大損だぜ」
ザビロは手ぶりで部下を下がらせた。
ステーキは冷めきり、ソースがテーブルを汚している。
再びこみ上げる怒りをワインで飲み込み、ザビロは立ち上がった。
「誰かいねえか? 女を連れてこい!」
不満をぶつけられるのはいつだって弱者だ。
いたぶり、踏みにじることでしか生の喜びを感じられないのがザビロという男だった。
―――――
20時頃に次話を投稿します
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