第7話 デュマの寝室

 予想した通りそこは寝室だった。

ベッドが一つにサイドテーブル、小さな書き物机が一つあるだけの部屋である。


「ほ、骨! 人間の骨があります!」


 部屋の隅に真っ白になった人骨が散らばっていた。


「きっと部屋の主だな。もう何十年も前に亡くなったんだろう」


 シリウスは机の上のノートに目をつけて開いた。


「日記か……。ここの持ち主のことがわかるかもしれない」


「あ~、他人の日記を読むなんていけないんだ。やることがエッチですよ」


「どうせ死んだ人の日記だ。今さらいいだろう? それにここがどういった目的で作られたか知りたいじゃないか」


「私はどうでもいいかな。ざっと見まわした感じだとお宝はありそうもないし……。ん? どうしたんですか、シリウスさん?」


 日記を読むシリウスの手が震えていた。


「これは……」


「もしかしてそれ、おっかないホラー小説か何かとか」


「違う! これはデュマ・ロクシタンの日記だ。つまりここはデュマの秘密研究所なんだよ!」


「デュマ・ロクシタン? 聞いたことがあるような……」


「伝説の魔工師と呼ばれたデュマ・ロクシタンだよ!」


 デュマ・ロクシタンは天才魔工師としてその名を知られている。

彼が開発した魔道具は数知れないほどたくさんだ。

しかも魔道具だけではなく医学や薬学にも精通していた天才でもあった。


「もう百年も前の人だけどデュマの魔導具を越える発明はいまだになされていないほどの天才なんだ」


「思い出しました。飛龍船を作ったのがたしかデュマでしたよね」


「その通り! ドラゴンの気嚢を使った飛龍船を発明したのはデュマだ。でもそれだけじゃないぞ。さっき俺がつかった回復軟膏や魔導コンロや魔導灯を開発したのだってデュマなんだ」


「へえ、そんなものまで作っていたんだ」


「変わったところではジャンピングシューズなんて発明もあったな」


「靴の底にバネがついているんですか?」


「そんな単純なものじゃない。少ない魔力で最大限の身体強化が得られる特殊な靴だったらしい。残念ながら現代にその技術は残っていないけどな。ウグッ!」


 突然シリウスはせき込んでしまった。


「ええっ!? 大丈夫ですか、顔色がひどいです」


「ゲホッ、ゲホッ。すまん、すぐに収まる」


「傷が痛むのですか?」


「そうじゃない。感染性魔経路閉塞障害って病気なんだ。魔物にやられた傷が原因でね。ちょっと興奮したから発作が起きてしまったようだ」


「シリウスさんは甘ちゃんだから誰かをかばって傷でも負ったんですね」


 こいつはエスパーか? 

図星を突かれてシリウスは顔を覆いたい気持ちになった。


「昔の話だ」


「助けたのは恋人ですか?」


「婚約者だったんだ」


「その人は?」


「婚約破棄されたよ」


「ザ・骨折り損のくたびれ儲け!」


 遠慮のない言いようだったが、逆にそれくらいあけすけのほうがシリウスにもありがたかった。


「病気のせいで魔力を循環させられないんだ。行き場を失くした魔力が体を蝕んで発作が起きる」


「なんだか苦しそうですね。背中をさすりましょうか? 今なら100クロードで試せますよ」


「いや、そろそろ治まりそうだ。あ、そういえば伝承ではたしかデュマも魔経路閉塞症を患っていたんだよな……」


 痛みが引いたシリウスはそのことを思い出して再び日記に目を落とした。

ひょっとしたらそれに関連した記述があるかもしれない。

パラパラとページをめくるとすぐにそれらしき単語が見つかった。


「お、やっぱりあったぞ。え……」


 突然シリウスの様子がおかしくなり、貪るようにデュマの日記を読み始める。

リセッタはオロオロとシリウスの様子を窺った。


「どうしたんですか? なにかまずいことでも書いてあったんでしょうか?」


 だが、シリウスはリセッタに向けて満面の笑顔を向けた。


「いや、逆だよ。うん……、うん……、やっぱりそうだ! デュマはここで魔経路閉塞症の治療法を研究していたんだ!」


 興奮するユリウスだったが、リセッタはもう眠さが限界にきていた。


「お取込み中申し訳ないのですが、私はそろそろおねむです」


「先に寝てくれ。俺はデュマの日記の続きを読むから」


「そんなことを言って、後で夜伽よとぎを命じる気ですね」


「子どもにそんなことをさせるか!」


「失礼な! こう見えて十六歳ですよ。まあ、このプリティーな童顔を活かして年齢を偽って貞操を守ってきたのです。さもなきゃとっくに娼館で客を取らされていましたよ」


 とてもそうは見えなかったが冗談を言っているようにも思えない。


「本当に十六歳なのか?」


「それもこれまでですね。今夜私はご主人様に女にされてしまうんだわ」


「たとえ成人でもそんなことはしない」


「冗談です。シリウスさんは甘ちゃんなので、そういうことはできないタイプと見切っております」


 こいつめ……。


「俺はそんなだらしのない男じゃない。だいたい俺には……」


「俺には?」


「……なんでもない」


 クソ、どうしてここでセティアの顔が思い浮かぶんだ。

アイツとはもう婚約者でもなんでもないのに。


「なんだか悶々もんもんしていますね。やっぱり合法ロリを前に動揺しているのでしょうか?」


「うるさいな。眠いのならさっさと寝てしまえ」


 シリウスはリセッタを無視してデュマの日記を広げた。


「それでは失礼して、おやすみなさい」


 リセッタはデュマのベッドに横たわるとあっという間に寝いってしまった。

近くに白骨死体があるというのにまったく気にしていないようだ。

すぐにスースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。


 年頃の女子が無防備なものだと呆れたがリセッタの寝顔はあどけない。

シリウスは日記を置いて自分のマントを駆けてやった。


「スースー……。うぅ、来ないで。魔物に食べられてしまう……}


 悪夢を見てうなされているのか?


「食べるのならシリウスさんを……}


 夢の中とはいえとんでもない発言をしているな……。

こいつを助けたのは間違いだったのだろうか?


「と見せかけてからの地獄突きいいいいいえやああ! 死ね! 死ね! 消滅しろおおおおぉ! オホホホホッ、シリウスさん、もう大丈夫ですわ。ひれ伏して感謝してくださいね」


 そこまで悪いやつじゃないか……。

夢を見ているリセッタから離れ、シリウスは再び日記に没頭した。


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