第6話 謎の施設

 リセッタが持っていた荷物の中には食料や医薬品もあったのでそれらを使って肩の治療をすることができた。


「ほら、荷物を捨てなくてよかったでしょう?」


「結果論だ。たまたま助かったからよかったけど、あのまま俺が倒されていたらレッドゴックに追いつかれていたぞ」


「別にいいですよ。逃げ延びたところろくな人生じゃないもん。ごくまれに優しい魔闘士さんがご飯を恵んでくれるくらいしかいいことなんてないし」


「厳しい人生だな」


「奴隷の生活なんてそんなもんです」


 少女が一人で生きていけるほどこの世界は甘くない。

それでも背中の荷物があれば何日かは生き延びられるのだ。

リセッタなりに死と生存を天秤にかけた結論だったのだろう。


「はい、包帯は巻けましたよ」


 魔法薬のおかげで血は止まった。

まだまだ肩は痛むがこれで一安心だ。

一息つくとシリウスたちの話題は先ほどから気になっていることに移った。


「さて、この扉だよな」


「中はどうなっているのでしょう?」


 シリウスたちが飛び込んだ横穴は七メートルほど続いており、その先には重厚な金属の扉が控えていた。

かなり厚手の扉で、大型の魔物に攻撃されてもびくともしなさそうだ。

どう見ても人の手によるものだけど、こんなところに人工物があるなんて話は二人とも聞いたことがない。


 ここは魔物がはびこる地下洞窟である。

扉の先には危険極まりない生物がいるかもしれない。

だが、ときに好奇心は魔物よりも厄介な敵になり得る。


「ひょっとしたら大量のお宝が眠っているなんてことだって考えられますね。だれかの隠し財宝とか……」


「あまり夢を見ない方がいいぞ。俺のことを甘ちゃん呼ばわりする割には、君も子どもっぽい夢を見るんだな」


「夢くらいみますよ。まだ人生を全部諦めたわけじゃないですから。それともシリウスさんはこの先を見ないで引き返すつもりですか?」


「まあ、気にならないと言えば嘘になるな……」


 二人は目を見合わせてうなずき合った。


「扉は俺が開けるから、リセッタは橋のところまで下がっているんだ」


「はい、厄介ごとはすべてシリウスさんにお任せします!」


 なかなかいい性格をした少女である。

シリウスは苦笑しながらもリセッタを避難させ、慎重に扉を開いた。


 扉は驚くほどスムーズに開いた。

軋み一つ立てなかったくらいだ。


「ここは……」


「どうですか、シリウスさん。魔物はいますか? 財宝はありますか? あったら山分けしてくれますか!?」


 垂れた吊り橋に足をかけながらリセッタが聞いてくるが、シリウスはその声を無視した。

意地悪でそうしたわけではない。シリウスは目の前の光景に圧倒されていたのだ。


「本がたくさんありますね」


 危険はないと見たリセッタがシリウスのすぐ後ろまで来ていた。


「何かの研究施設なのかもしれないな。魔物の気配はないけど気をつけろよ」


「あ、魔導灯のスタンドがありますよ。動くかな?」


 リセッタはスイッチを探し出して灯りをつけた。


「きゃあっ!」


 明かりが灯ると真っ先に目についたのは鬼の仮面をもつ鎧だった。

額の中央から長い一本角が生えた鬼面に、胸当てや四肢を守る装甲がそろっている。


「そんなに怖がるな。ただの鎧だよ」


 自分にしがみついて震えるリセッタをシリウスは優しく宥めた。

そして改めてこの場所を確認する。


「随分と広い場所だな」


「はい。神殿で見た図書館のようです。いいえ、ここの方がずっと大きいかもしれません」


 扉の内部は奥の方まで背の高い書架が続いており、数えきれないほどの書物が並んでいる。

部屋の中央には手術台のようなものが設置されていて、すぐ横にはよくわからない魔導装置まであるではないか。

とても洞窟の中とは思えないほど整った場所だ。


「ここは誰かの家なのでしょうか?」


「調べてみないとわからない……。ん? 奥の方にも部屋があるようだ。行ってみよう」


 シリウスとリセッタは謎の施設の奥へと進んだが、こちらは先ほどの部屋とは打って変わって所帯じみた雰囲気があった。

かなり古くはあるが人の生活臭といったものがしたのだ。


 まず目についたのは調理場だ。

魔導コンロの横には皿が置きっぱなしのシンクもついている。

きっと汚れたまま放置されたのだろう。

皿の汚れは長い年月を経て土のようになっていた。


「お、ちゃんと水もでますよ。クンクン……、変な臭いもしません」


 リセッタは台所スペースのあちらこちらを確認している。


「おおっ、こんなところに酒瓶があります! 年代物の酒かもしれませんね。きっとここに住んでいた人の飲み残しですよ」


 台所スペースの向こう側にはもう一つ扉があった。


「向こうはおそらく寝室だな」


「じゃあ、ここの住人はあそこに?」


「住んでいればの話だがな」


 おそらくもう誰もいないだろうとシリウスは思った。

この場所はもう長いこと人が立ち入った形跡がない。

床に積もった埃の厚みがそのことを証明していた。

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