第4話 強襲
シリウスが参加する即席チームはエリアBと呼ばれる地区を丹念に調査していた。
魔結晶は突然出現するのが特徴だ。
昨日は何もなかった場所でも、一日で魔結晶が壁一面を埋め尽くすなんてことはざらにある。
もっともそんな事態にでくわしたら気をつけなければならない。
魔素が濃い場所には危険な魔物がつきものだ。
ここでは富と死が表裏一体に現れ、人々の運命を絡めとる。
財宝はいつだって血に飢えているのだ。
「うっひょお! なんだこりょああ!」
細い通路を抜けた先で魔闘士が歓喜の大声をあげた。
それもそのはずで、壁の窪みは数メートルにわたって薄緑色をした六角柱の魔結晶で埋め尽くされていたのだ。
「こいつはすごい。これだけの魔結晶を持って帰ればザビロ様もさぞかし喜んでくれるだろう!」
ザビロ・クロー、それがこのチームの雇い主だった。
シリウスもザビロのことはよく知らない。
スポンサーとしてチームを編成して、莫大な利益を上げているということは耳にしているが顔は見たことがない。
リセッタのような奴隷をダンジョンに送り込み、自分はその上前だけをはねているような奴なのだ。
もとは上級魔闘士だったが今ではヤクザの親分におさまり、魔結晶だけではなく数々の汚いビジネスをしているという噂だった。
「よし、さっさと魔結晶を集めろ。ぐずぐずするんじゃねえぞ。魔闘士たちは周囲への警戒を怠るな!」
ポーターたちはすぐに仕事に取り掛かった。
魔結晶は手で引っ張れば簡単に取れる。
人々は素手で魔結晶をつまみ上げ大きな麻袋へ入れていった。
「おい、お前!」
ポーターたちの仕事ぶりを監視していたリーターが声を荒げた。
手にした剣の切っ先は中年のポーターの首筋に向けられている。
「な、なんだい?」
ガタガタと震えながらも中年男は魔結晶を集める手を止めない。
そんな男をリーダーは後ろから蹴り倒した。
「とぼけるんじゃねえ! 懐にしまったものを出せ」
やってしまったか……。
シリウスは目を覆いたい気持ちになった。
王都で働き始めてまだ三カ月だというのに何度この光景を見たことだろう。
「何度も言わせるんじゃねえぞ! ここで切り殺して確認してもいいんだぜ?」
そこまで言われて男は腰の隠し場所からコッソリ着服した魔結晶を取り出した。
「ザビロ様のチームで魔結晶をかすめ取ろうとはいい度胸じゃねえか」
「つ、妻が病気なんだ。勘弁してくれ!」
「てめえの事情なんて訊いちゃいねえんだよっ!」
リーダーはまた男を殴りつけた。
採取した魔結晶を自分のものにしようとするポーターは後を絶たない。
それぞれに事情はあるのだろうが、そんなことをすれば悲惨な制裁が待っているのはご覧の通りだ。
特にザビロのようなヤクザが編成するチームではその拷問も酷くなる。
「地上に出たら地獄いきだぜ。覚悟するん――」
リーダーの言葉は最後まで発せられることはなかった。
突如現れた黒い影が突進してきて彼の頭を丸ごと食いちぎったからである。
「敵襲!」
現れた魔物を見て、その場にいた誰もが言葉を失った。
四メートルを超す巨体、岩をも砕く硬い角、ワイヤーのように硬い赤毛、周囲を委縮させる鋭い眼光。
赤い厄災と恐れられるレッドゴックである。
その姿は角を生やしたグリズリーのようだ。
地下洞窟はエリアA~Fまでに区分けされている。
現在地点は入口から比較的近いエリアBだ。
深度が増すごとに現れる魔物は強力になるのだが、レッドゴックは本来エリアDより深いところに生息する魔物だ。
こんなところに現れるような魔物じゃない。
だが、ときにこのような理不尽なことが起こるのが地下洞窟という場所なのだ。
中級魔闘士であるリーダーが死んだ今、残っているのは下級魔闘士かシリウスのような準魔闘士だけである。
とてもではないが、今のメンバーでレッドゴックは討ち取れない。
「全員逃げろっ!」
声を上げたのはシリウスだった。
当然ながら雇われ準魔闘士であるシリウスに命令を発する権限はない。
だが、人々はその声に反応した。
集団で敵わないのなら分散して逃げた方が生き延びられる確率は上がる。
動くことさえできなかった人々はシリウスの声に反応し、それぞれがそれぞれの判断で逃げ出しはじめた。
―――――――
20時くらいにもう一本更新します。
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