第3話 ポンコツ魔闘士

 家を飛び出したシリウスは街道をひたすら西に進んだ。

目指すは大陸中央部にある王都イスタルだ。

都にさえ行けば自分の未来もきっと開けるだろう。

なんの根拠もなかったが、家を出た開放感がシリウスの気分を浮き立たせている。

だがそんな気持ちも長くは続かなかった。



 魔闘士を率いるリーダーが大声を張り上げた。


「野郎ども、そろそろ出発するぞ! グズグズするんじゃねえ!」


 王都イスタルの地下には巨大な地下洞窟が広がっている。

ここでは大気中の魔素が結晶化した魔結晶が産出されるのだ。

魔結晶は魔道具のエネルギー源として取り引きされる。

そのため、人々は魔物が跋扈ばっこする危険な地下へも潜っていくのだ。


 イスタルに落ち着いたシリウスはここで魔闘士として働きだしていた。

行く手を阻む魔物を倒し、魔結晶の運搬人を守るのが魔闘士の仕事である。


「おい新入り、ぼさっとすんなよ!」


 威張り散らすリーダーを横目に、シリウスは無言で自分の配置についた。

臨時の即席チームでは無駄な会話は嫌われる。

余計なコミュニケーションなどとらず、黙々と命令に従うことだけが望まれるのだ。


 実家を出て三週間が過ぎていたがシリウスはやつれて頬がこけていた。

これまで知らなかった生活の苦労を体験し、疲労が体を蝕んでいるのだ。

命懸けで魔物と戦っても得られる日給は五千クロードと少ない。

これはシリウスの階級が準魔闘士であるというのが理由だ。

せめて下級魔闘士になればもう少しマシなのだが、魔力を巡らせられないシリウスでは昇級試験に受かるのは至難の業だろう。


 そうはいっても戦える力があるだけシリウスはまだマシだった。

魔結晶を運ぶポーターは過酷な荷運びにも関わらず給料はさらに低い。

それに、奴隷はもっと悲惨だ。


 シリウスは後方に控えたポーターたちをちらりと見た。

その中にまだ十三歳ほどの少女が奴隷として参加させられている。

粗末な着物にガリガリの体、顔は泥で汚れ、ピンク色の髪もぼさぼさだ。

彼女は同じように働かされるというのに1クロードの金も貰えないのだ。


 たしかリセッタという名前だったな。

何度か同じチームになったことがあるので、この奴隷の名前をシリウスは知っていた。

根が賢い娘なのだろう。

魔物の襲撃を受けても上手に立ち回り、大勢の死者がでる大惨事の中でも少女は命を繋いでいる。

キョロキョロとよく動く目と、その目の下にある泣きボクロが印象的な少女だった。


 だが、奴隷に与えられる食事は極端に粗末で、カチカチのパンと水だけである。

地下洞窟で過酷な労働を強いられてもその待遇は変わらないようだ。

空腹な様子を見かねたシリウスは自分の食事をリセッタに与えたことがある。

リセッタは夢中になって平らげ、ペコリとお辞儀をした。

普段は感情が現れない顔なのだが、そのときだけは目元に愛嬌があったのを覚えている。


 今日は久しぶりに同じチームになったが、向こうもシリウスの顔を覚えていたようだ。

目が合うと一瞬だけ笑顔を見せてきた。

余計なことを喋ると殴られるので、そうやってあいさつをしたのだろう。


「よそ見をしてんじゃねえ! 周囲の警戒を怠るな!」


 チームリーダーの態度は横柄おうへいで気にくわなかったが、リセッタを守るためにもシリウスは頑張ることにした。

魔闘士とは民を魔物から守る者だとシリウスは教えられてきた。

このダンジョンにあってもそれは同じだ。

だが、ここではそんな理屈は通らない。

ここの魔闘士は集めた魔結晶を守るのが仕事なのだ。

チームリーダーを含めて奴隷やポーターの命を気にする魔闘士など周囲には一人もいない。


 それでも、このダンジョンに奴隷を守る魔闘士が一人くらいいたっていいじゃないか、とシリウスは思う。

たとえそれがろくに魔力を巡らすこともできないポンコツ準魔闘士であってもだ。

厳しい現実に打ちのめされながらもシリウスはまだまだ青かった。


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