第7話 SAKURA・カザシグサ・桜舞う水平線

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体を犠牲に掴み取る勝利―――

先の長い戦いが待ち構えていたとしても―――

君は柔道が楽しいか?

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「技ありっ!! 静止まてっ!!」


『さあポイントが入りましたっ!! 入ったのは……西村にしむら選手だぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!』


 審判の右手が、畳と平行に伸びる。

 ポイントが入ったのは西村にしむら

 試合は一時中断され、乱れた道着まといを直しながら、白いテープの前に戻る両者。

 先制を許した青桐あおぎりは、わずかに息を整えつつ、先ほどの攻防を頭の中で冷静チルアウトに反芻していた。


(ちっ!! 俺の背中が先に畳についたのかよ……!! 内股はダメだとして、次は背負い投げか一本背負い……いや、最大火力フルパワーのアレしかねぇな)


 その場で次の攻め方を瞬時に組み立てる青桐。

 だが、その冷静チルアウトさを一瞬だけ乱す思考が頭を過ぎる。


(……コイツでランク14? 上にはまだまだいるってのかよ……!!)


 無意識に歯を噛みしめる青桐。

 その内心には、沸々としたおこ焦燥あせあせが混ざり合う。


(急に御出座しゃしゃってきて、でけぇツラしやがって……どいつもこいつも……!!)


 夏川鈴音なつかわすずねとの約束ちぎりを守るため――

 その執念が、青桐の体を熱く駆り立てる。


(テメェらは邪魔なんだよ……クソがっ!!)


 青桐が道着まといを整え終えるのを確認すると、審判の声が再び試合開始を告げる。

 稲妻めいた鋭い動きで組手に挑む西村。

 そのスピードは目で追うことすら難しい。

 先に技ありを取ったことで勢いに乗る西村は、あと一つ技ありを取れば一本勝ちになる状況。

 その事実が彼をさらに前がかりにさせていた。

 勝利への執念が黒衣の武人を突き動かし、このまま青桐を封じ込めようと試合を一方的に展開する。


(先手必勝は有言実行ッ!! だが……油断なめぷ禁物ッ!! さっきの返し技で決めきれなかった以上、攻撃の手は緩めんッ!!)


「オッスッ!! このまま押しき……」


「……テメェさっきから心驕イキってんじゃねぇぞっ!!」


 突進してきた西村の右腕を青桐は瞬時に右手で外側へと流し、左手でその袖を掴む。

 勢いを利用し、出会い頭に背を見せ、青桐の一本背負いが炸裂していく。

 なんたる早業、吃驚仰天おったまげ

 平凡ボンクラな選手なら、今頃体が宙を舞っているであろう。

 しかし西村は、全身の筋力でその勢いをねじ伏せたのだった


「ぬぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!! ちぃ”ぃ”ぃ”ぃ”すッ!!」


「……っ!!」


(野郎……!! 踏ん張って力で強引に止めやがった……!! だけど……足元がおざなりだぜ……!!)


「大内刈……」


「オラぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!!」


 青桐の反撃を察知した西村は、力任せに相手を振り回し、ハンマー投げめいた回転で青桐の技の起点を潰していく。

 くものつづみをまとったかのような勢いで、黒衣の柔道家が場を支配していた。

 試合時間は残り半分を過ぎ、両者の体に確かな疲労が刻まれている。

 肩で荒く息をつく青桐。

 一瞬の小休止を狙い、互いに組み合ったまま睨み合いの膠着状態へ移行する……かに見えた。

 

「ふぅー……オ"ッス"ッ!!」


「あ"ぁ"!?」


 一瞬の静止から急転、再びエンジン全開となった西村。

 まるで亀が突如疾走を始めたかのように、青桐を強引に引きずる。

 対照的に、スタミナ切れの兆候を見せる青桐。

 疲労に沈む彼の目に映るのは、余裕よゆう綽々よっちゃんな西村の姿だった。


怪力馬鹿てっぱん体力馬鹿あんぽんたんかよっ!? 多芸よくばり過ぎんだろ馬鹿がっ!!)


「オォ"ォ"ォ"スッ!!  最後まで……己の武器、ブチかますのみッ!! No.71ッ!!」


 西村の体が、まるで雷そのものになったかのように紫電を纏い始める。

 その異様な気迫に気を取られている青桐。

 その隙を突くかのように、背後からトラック事故めいた激しい衝撃が襲った。

 西村の放つ電磁力が、青桐の背中を無理やり押し、体勢を崩させる。


「ぐっ……!?」


 不利な姿勢のまま懐に潜り込まれる青桐。

 紫電を撒き散らす閃光めいた一本背負いが繰り出される。

 No.71―――


紫電しでん投げぇ"ぇ"ぇ"ッ!!」


 観客パンピー達は息を呑み、その場に立ち尽くした。

 青龍と称される高校柔道トップ選手の青桐が、またしても敗北を喫するのか――。

 異次元レべチな力を持つRivoluリヴォルzioneツィオーネには、やはり誰も敵わないのか。

 そんな諦めの空気が広がる中、誰もが目を伏せ、この試合の終了を悟った。

 ―――


「……ッ!?」


(右膝から畳に投げつけられただとッ!? 怪我が怖くないのかッ!?)


 青桐は風前の灯めいた状況に追い詰められていた。

 だが、諦めるという選択肢は彼の中にはなかった。

 相手に担ぎ上げられたその瞬間、青桐は腰を強引に捻り、背中からではなく右膝から畳へと飛び込む。

 その結果、西村の投げは「相手を制して畳につける」という条件を満たせず、不発に終わった。

 しかし、代償は大きかった。

 受け身で緩和されるはずの衝撃を右膝が全て受け止め、青桐は立ち上がる際に思わずツラを歪める。

 大怪我には至らなかったものの、膝には激痛が走る。

 それでも、彼は即座に立ち上がった。

 その瞳にはまだ戦う意思が宿り、満身創痍の体で最後の一撃を狙う。


「ざっけんなよ……こんなところで、足踏みしてるヒマなんかねぇんだよっ!!」


 ――滴り落ちた汗が畳を濡らしたその瞬間。

 周囲の世界が静かに変化していく。

 月明かりが肌を照らす月夜じおでらの中、かざしぐさが舞い散り、西村の目の前にはウユニ湖めいた幻想的な光景が広がる。

 

「……ッ!!」


(これは……不味やばいッ!! 早く回避を……ッ!?)


「遅ぇよ……鈍感野郎のろまがぁ"っ!!」


 これから繰り出される技をいち早く察知した西村。

 だが、彼は隙の大きい技を使った直後であり、次の動作に移る余裕はなかった。

 一瞬のもたつき――

 その刹那、彼の足元に荒れ狂う水流が迫る。

 水中に引きずり込まれるようにバランスを崩した西村の体が、大きな津波の中で翻弄される。

 その波を切り裂くように迫る青桐。

 敵の懐に背を向け、背負い投げをベースにした水属性最強の技を仕掛ける。

 柔皇・西郷三四郎さいごうさんしろうの技で最も優美はくいとされているその技は、荒波を束ねかざしぐさを着飾り、月明かりが絢爛に勝利を彩る。

 No.91―――


桜花水月おうかすいげつ!! や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 宙を舞う西村、担ぎ投げる青桐。

 その瞬間、彼らの周囲に水飛沫が天高く舞い上がり、試合場全体が光に包まれる。

 畳に叩きつけられた衝撃音が響くと、会場は一瞬、静寂あおいろに支配された。

 その幻想的な光景に息を呑む観客パンピー達。

 時間が止まったかのような空気の中、審判が意を決して声を張り上げる。


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!! 終了それまでっ!!」


 青桐の体が静かに立ち上がる。

 汗と水飛沫に濡れた髪を振り払い、湧き上がる歓声の中、彼は拳を強く握り締め、雄たけびを上げる。

 その瞳には、次なる戦いへの決意が燃えていたのだった。

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