第8話 EXCEPTIONAL・レべチ・高き壁

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底知れぬ戦力―――

先の見えない戦いが続いたとしても―――

君は柔道が楽しいか?

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 激闘の末に勝ち取った一本勝ち。

 場内を後にする青桐あおぎりを、勝利の歓声が包み込む。

 その一方で、右膝を引きずる様子に表情を曇らせる蒼海のメンバー達。

 監督の井上いのうえが厳しい声でマネージャーに指示を飛ばしていく。


五十嵐いがらし!! 氷を……」


「はい井上監督っ!! 準備は出来ていますっ!!」


「いや、ぶつけたからってそんな大袈裟にしなくても……」


「青桐さん!! アイシング、バッチこぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!」


 断ろうとする青桐だったが、すでに氷袋を用意していた五十嵐マネージャーの勢いに押され、渋々それを受け取り膝を冷やすことにした。

 幸い、腫れは打撲によるもののようで、骨には異常がない様子だった。


「……青桐、勝ったのは良い。だがこういう柔道を続けられると、監督としては止めざるを得なくなる。尽力バーバるのは今回だけにするんだぞ」


了解うっす……理解わかりました」


「ふぅ……木場きばっ!! 青桐に続いて行けっ!! 相手のペースに飲まれないようになっ!!」


了解うっす!!」


 決勝戦第2試合。

 前の選手と入れ替わるように場内へと進む木場。

 その目の前には、敵の二番手として名乗りを上げた賭香月とかつきというひょろ長の男が立ちはだかっていた。

 闇のような深い青髪に目の下のくっきりとしたクマ。

 不吉な気配を全身にまといながら、ぶつぶつと何かを呟いている彼。

 その異様な雰囲気を意に介さず、木場は冷静に目の前の敵を分析し始めた。


(カナちゃんの分析では、青桐と同じ水属性の技を使ってくんのか……複合属性の可能性もあるし、気ぃ付けねぇとなぁ……)


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 蒼海大学付属高等学院柔道部団体戦中堅

 高校生ランク52位 回生の火花 「木場燈牙きばとうが

      VS

 RivoluリヴォルzioneツィオーネSquadraスクヮドゥラα団体戦中堅

 高校生ランク18位 黒衣の賭博師 「賭香月博とかつきばく

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開始はじめっ!!」


「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「こい……」


 審判の合図が響くと同時に、両者が一斉に動き出した。

 先手を取ったのは木場。

 右手を大きく斜めに振り払うと、その軌道に沿って獄炎が巻き上がり、灼熱の威圧感を纏いながら敵に襲いかかった。

 No.11―――


赫灼かくしゃぁぁぁくっ!!」

 

「あっつ……ああ、アナタ炎属性ですか。火力が高くて、守護うけるのもしんどいんですよね。もっとこう……お手柔らかにお願いしたいのですが……」


「随分と饒舌おしゃまだなぁ!? 集中したらどうだぁ"!?」


 炎の猛威に怯む賭香月。

 その無防備な黒衣に、木場の両手が素早く伸びた。

 右横襟と左袖をしっかりと掴むと、体を反時計回りに180度回転させ、右足で敵の内ももを鋭く払い上げる。

 内股が炸裂し、賭香月の体は空中で翻る。

 背中から畳へと叩きつけるように投げ飛ばした木場は、技ありのポイントを獲得。

 そのまま寝技へと移行しようとするが、賭香月は亀めいて蹲り、防御態勢を取って攻撃を拒む。

 審判の待てが響き、両者は所定の位置へと戻る。

 乱れた道着まといを直しながら、木場は内心で不審を抱き、静かに呟いた。


(コイツ……推測ワンチャン、大したことねぇのか? んならこのまま……)


「あ……今俺のこと……無礼なめました? 無礼なめましたよね? ……くっくっく」


「あぁ……?」


(んだよコイツ……何笑ってやがんだ……!?)


 道着まといを整えた両者を確認し、審判が試合再開の合図を送る。

 互いに正面から距離を詰める中、木場の腕が賭香月の間合いに入る。

 しかし、その隙間を狙うように、賭香月の両手が蛇めいた動きで、木場が掴むよりも早く道着まといを的確に押さえ込んだ。

 その洗練された動きは無駄が一切なく、木場は接触の感覚すら掴めない。

 宙をさまよう木場の腕が再び敵の道着まといを狙うが、その瞬間、周囲に分厚い白雲が漂い始め、賭香月の右足がその中に隠れる。


「っ!?」


(なんだ……? これ八雲刈やくもがりだよな? ……本当マジで同じ技なのかこれっ!? なんか違ぇぞ!?)


「ふー……ダメですね……アナタはダメだ……蒼海の人間なら、心が躍ると思ったのですが……ねぇっ……!!」


 賭香月が青桐の得意技おはこでもある八雲刈りを繰り出す。

 その動きは、青桐の技よりも数段研ぎ澄まされており、刃物のような正確さで木場の右足内側を狙い、賭香月の右足が見事に刈り取る。

 その鮮やかなる手際に、マスラオル・カリオルは無言のままその光景を視界に捉え続けるだろう。


「やぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"……!!」


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」


「……っ!! クソが……!!」


(おいおいおい!? 本当マジで青桐と同じ技使ったのかっ!? 威力が異次元レべチ過ぎんだろっ!?)


「もっと歯応えがあると思ったのですが……あぁこんなの……落胆ぴえん超えて失望ぱおんですよ……」


 一礼し場外へと向かって行く木場。

 最後の1人である不死原とすれ違う彼は、これから戦いを挑む青年の異変にいち早く気が付いていた。


(あぁ? あの不死原ふじわらって野郎……戦慄ビビってんのか? 無理もねぇ……だって相手は……)


 木場は、不死原の対戦相手である蠅野はえのに視線を向けた。

 巨漢の蠅野は体重が優に100㎏を超え、その威圧感は圧倒的だ。

 彼が日本武道館を襲撃した7人の中の1人であることから、実力ウデは計り知れない。

 泣きっぴえん面に蜂の不死原は、覚悟を決めて試合に臨む。

 そして、審判の合図と共に、決勝戦最後の一戦が幕を開けた。


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 八幡工業高校柔道部団体戦大将

 高校生ランク1070023位 二つ名無し 「不死原一騎ふじわらいっき

      VS

 RivoluリヴォルzioneツィオーネSquadraスクヮドゥラα団体戦大将

 高校生ランク6位 界雷統べし黒衣の超越者 「蠅野雷電はえのらいでん

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開始はじめっ!!」


「く、クソがぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


(足引っ張るどころか、こんな奴らと戦うことになるなんてっ!! 負けてやるっ!! さっさと負けて、こんな奴らと……)


「ブルァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」


「ひぃ!? うわぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 怪物の雄叫びが場内に響き渡った。

 その巨体からは想像もつかないほどの驚異的な速さで、蠅野は加速する。

 残像さえ見えるほどの動きだ。

 雷光めいた勢いで不死原に接近すると、右手で奥襟、左手で前裾をがっちりと掴む。

 次の瞬間、左足を相手の右足の外側へ踏み込み、大きく右足を振り上げてから後方へ振り下ろす大外刈りを仕掛けていく蠅野。

 まるで大型トラックめいた物体に衝突したかのような衝撃が不死原を襲い、畳へと叩きつける。

 その衝撃は地震のように会場全体を揺るがせた。


「フシュ―……フシュー……!! ブルァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」


「が……はっ!! はぁ!!」


(こんな奴……誰が敵うんだよ……!! 勝ってっこねぇよ……)

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