第6話 THUNDER・クモノツヅミ・黒衣の武人

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未知の敵との再戦―――

実力差をまざまざと見せつけられる戦いでも―――

君は柔道が楽しいか?

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「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」


 場内に響く荒々しい雄叫びと共に、黒い道着まといに身を包む3人の若者へ試合終了を告げる審判。

 既に試合の出番が終わっている周囲の選手達は、一礼し場外に向かう彼らを横目に、先ほどの試合内容について語り合い始めた。


「……なあ、Rivoluリヴォルzioneツィオーネと当たった高校って、確か去年の県大会準優勝のチームだったよな?」


「……ああ、そうだな」


「そんで試合時間の合計が……何秒だ?」


「……10秒切ってる」


「おいおいおい……!? 素人だいこんじゃないんだぞっ!?  誰が勝てるんだよ、こんなの……」


 驚愕と諦めに包まれる周囲の選手達。

 その視線をよそに、Rivoluリヴォルzioneツィオーネの3人は淡々と試合の反省会を始めていた。


「順調、コノママ、決勝モ勝ツ」


「当然ですよ。この程度の相手に負けてしまっては、帰った時に何て言われるか理解わかりませんから。いやいや、油断なめぷしていませんがね? 油断なめぷなんてとんでもない……ただもう少し、こう、手応えが足りないと、悄然くさってしまいますよねぇ……? ふふっ!! おっと謝罪さっせん


「ソレナラ、心配イラナイ。次ハ蒼海ノ人間。青桐ガ居ル高校、精悍ごつイ」


「なるほど……それは朗報を聞きましたよ。では決勝の会場に行きましょうか……西村にしむら君も行きますよ」


「……」


「西村君?」


「……ッ!! 隔靴掻痒かっかそうようッ!! なんと不甲斐ないッ!! あんな組手争いなど、理想の組手争いではないッ!! あんな失態ちょんぼをするとは、何が最強てっぺんを目指すだ、含羞じはきょくるッ!!」


「西村君、反省会は決勝が終わってからにしましょう。変に目立っちゃいますよ……いや、嫌いではないですよ? 嫌ではないのですがねぇ……」


「オッスッ!! 蠅野はえの先輩ッ!! 賭香月とかつき先輩ッ!! お時間頂戴して謝罪さっせんッ!! 向かいましょう、決勝戦にッ!!」


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『さぁ~始まりました決勝戦っ!! 実況はこの私、松井秋広まついあきひろがお届けします!! いや~皆さんっ!! これは事件です!! 今、世間シャバを賑わわせている黒衣の柔道家達が、なんとこの大会に参加カチコミしているんですっ!! 会場のボルテージは最高潮チョベリグ!! 一体どんな戦いが待ち受けているのか、期待が高まります!!』


 太陽が頂点に輝く午後。

 柔道タワーでの戦いは、ついにクライマックスを迎えようとしている。

 先鋒は青桐あおぎり、対する相手は西村空太にしむらこうた

 試合前、青桐はマネージャーから伝えられた情報を頭に巡らせつつ、白いテープの前まで進んでいく。

 肌寒い10月にもかかわらず、会場の空気は熱気に包まれ、実況アナウンサーの熱のこもった声が観客パンピーの期待をさらに煽り立てていた。


「……ん?」


「…………」


『おぉ~っと!? どうした西村選手っ!? その場から動こうとしないぞっ!?』


 青桐の対戦相手、西村が場内へ入って来ようとしない。

 彼の髪は芝生めいた金髪で、鼻にテーピングを施し、閉じた瞳は微動だにしない。

 周囲は次第にざわめき、審判も痺れを切らして注意を促そうとしたその瞬間だった。

 突如、西村は猛獣めいた雄叫びを上げ、静寂あおいろを切り裂いた。

 

「オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ッ!! 力戦奮闘、オッスッ!! 一意専心、オッスッ!! Rivoluリヴォルzioneツィオーネ、西村空太、いざ参るッ!!」


「……五月蠅うるせぇなぁ……喉に拡声器でも仕込んでんのか? 口から騒音まき散らしてんじゃねぇよ、音割れクソ野郎が……!!」


「青桐っ!! 相手のペースに飲まれるなよっ!!」


「……了解うっす井上いのうえ監督……!!」


 ただならぬ殺気を放つ相手だが、それは青桐も同じだった。

 1か月前、黒衣の集団に屈辱的な敗北を喫した青桐にとって、この試合は予想外のリベンジマッチとなる。

 身体を冷やさないよう着ていたシャツを脱ぎ、両者は柔道着まといの上着を羽織り直す。

 両者の体から一瞬覗いたのは、青痣だらけの鍛え抜かれた肉体。

 臨戦態勢に入った二人は、光のない、まるで刺すような眼差しを敵へと向けている。


「青桐龍夜ッ!! 頂点てっぺんへの踏み台にさせてもらうッ!!」


「あ"ぁ"? ……あの天パ赤髪野郎が勝ったからって天狗ちょづいてねぇか? この前と一緒にしてんじゃねぇぞボケが……!! 一本負けくたばった時用の言い訳考えてやがれっ!!」


 水を打ったように静まり返る会場。

 小さな物音一つでも立てれば、まるで濃霧の中にいる猛獣を刺激するかのように、全ての殺意が自分に向かってくる気配を、観客パンピー達は感じている。

 天才猛獣使いとしてアフリカで崇められている、ムハマド・ピレもそう感じている。

 張り詰めた空気が肌を深々と突き刺す中、審判の声が静寂を切り裂いた。

 

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 We have poured years into these fleeting moments,

 for we are those who live within the blink of an eye.


「この数分に数年を費やした。我らは刹那を生きし者」


 柔英書房発刊「武の道を生きる者」

 著者:エルル・ジェルネイル

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開始はじめっ!!」


「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「オォ"ォ"ォ"ォ"スッ!!」


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 蒼海大学付属高等学院柔道部団体戦先鋒

 高校生ランク21位 青龍 「青桐龍夜あおぎりりゅうや

      VS

 RivoluリヴォルzioneツィオーネSquadraスクヮドゥラβ団体戦先鋒

 高校生ランク14位 黒衣の武人 「西村空太にしむらこうた

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 ついに幕が上がった決勝戦、先鋒同士の激突。

 両者は己の形に持ち込むべく、息を呑む組手争いを展開する。

 横襟を掴んでは払い、奥袖を取られては瞬時に振り解き、互いの意図が畳の上で激しくぶつかり合う。

 その中で、西村がわずかに後方へ跳躍。

 瞬間、両足に迸る雷光。

 稲妻めいた速度で青桐との間合いを詰めていく。


「先手ッ……必勝ォ"ォ"ォ"ッ!!」


「……ちっ!!」


(ちょろちょろしやがって……!! こいつ、カナちゃんが言っていた通り雷属性みたいだな……さっきのはNo.6の飛雷脚ひらいきゃくか……あの加速、面倒ぇ。どう切り崩すか……!!)


「あ"ぁ"……!?」


 横襟と前袖を掴み、がっぷり四つに組み合う両者。

 青桐は体勢を崩そうと、一瞬の隙を狙い足技を繰り出そうとする。

 しかし、それを見抜いた西村が剛腕を活かし、体全体を使った緩急のある動きで青桐を激しく揺さぶっていく。

 畳の上で生じる音、そして会場を包む緊張感――

 勝敗の行方を占うには、まだ早い。

 

「ぬぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!!」


「……!!」


(この野郎、俊敏はしっこい上に怪力てっぱんかよっ!? クソが……さっきからやりたい放題やりやがって……!!)


無礼なめんじゃねぇぞ……この野郎がぁ"ぁ"ぁ"!! No.23……!!」


 場内を縦横無尽に駆け回る西村。

 そのスピードに引きずられながらも、青桐は冷静に先を読んでいく。

 西村の進行方向を見極め、足首を覆うほどの水球を畳の上に出現させる青桐。

 罠は見事にハマり、西村の両足が水球に捕らわれていった。

 その瞬間、青桐の目が鋭く光る。

 揃った足を見逃すはずもなく、彼は左足で畳を撫でるように動かし、敵の両足を払い取る送足払の強化版を繰り出す。

 No.23―――


露払つゆばらいっ!!」


 推進力の流れに逆らうことなく、鋭く足払いを繰り出す青桐。

 その一撃で西村の体勢は崩れかける。

 咄嗟に右足で踏ん張ろうとする西村だったが、青桐は追撃の手を止めない。

 彼の周囲に厚く立ち込める白雲――入道雲めいた雄大で圧迫感のあるそれが現れる。

 雲間に潜む青き龍が形を成し、その右足が西村の右足を正確に狙う。

 平衡を取り戻そうとする動きを見逃すことなく、青桐の技が刈り取るように放たれる。

 No.14―――

 

八雲刈やくもがりっ!!」


 猛攻を振り切ろうと、西村は一瞬両手を離そうとする。

 しかし、その瞬間、青桐の技によって彼の周囲に巨大な水の塊が出現。

 西村の身体はその中へと沈められていった。

 拘束された彼の膝元に、圧縮された水牢が弾け飛ぶ勢いで襲いかかる青桐の左足。

 刹那、青桐の両手がハンドルを切るように反時計回りに回転し、車輪めいた軌道を描く。

 流れるような動作で足を刈り取る膝車の強化技。

 No.32―――


泡包あわづつみ……トドメだ一本負けくたばれやぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 柔皇の技を3連発で食らい、西村は堪らず大きく体勢を崩す。

 ガードが完全にがら空きとなった瞬間を、青桐が見逃すはずがなかった。

 水の流れめいた足さばきで、決め技である内股を狙う青桐。

 西村の左足内側を捉えるように右足を天へと払い上げる。

 しかし、技に何の手応えも感じない彼。

 その理由はすぐに明らかになった。

 西村は青桐の内股をくものつづみめいた速度で回避し、反撃に出たのだ。

 払われた右足を追うように、西村の左足が軌道を重ねる。

 落ちたくものつづみてんがいへと返すような動き。

 内股返しの強化技。

 No.15―――


落雷返らくらいがえしっ……オ"ラ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ!!」

 

 なんたる光景、吃驚仰天おったまげ

 2人の両足が畳から離れていく。

 宙を舞う両者は技の勢いそのままに、畳へと背を叩きつけていったのだった。

 審判が下した判定は―――

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