第5話 友喰い

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肩を並べて戦えるとは限らない―――

時には相対さなければならないとしても―――

君は柔道が楽しいか?

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 試合を終えた不死原ふじわらが場内から青桐たちの元へ歩み寄る。

 その顔には嘲笑が浮かび、青桐あおぎりの怒りをさらに煽るかのようだった。

 青桐は拳を握りしめ、額には怒りで浮き出た血管が脈打つ。

 瞬く間に右手を伸ばし、不死原の道着の襟を乱暴に掴んでいった。


「ぐっ!! お、おいおい……ずいぶんと威張つっぱってんなぁ!?」


「何が威張つっぱるだよ……テメェ、なんでわざと負けてたんだ!? あ"ぁ"!?」


「はっ! 知りたいのか? だったら特別に教えてやるよ!! お前の足を引っ張れば金がもらえるって話さ。金髪アフロの大男からの依頼だ!! 割のいいバイトみてぇなもんだよ!!」


「……言いてぇ事はそれだけか?」


然りうぃ~す!! ご清聴どうも感謝あざっす~!!」


「クソくだらねぇなぁ……!! 銭ゲバ小判鮫野郎がっ!!」


 その姿、まさに憤怒げきおこであった。

 青桐は乱暴に不死原の襟を放すと、溢れ出る激怒げきおこな感情を押し込めたまま、試合会場へと歩みを進めた。

 その背中を見送りながら、不死原は満足げに笑みを浮かべ、これからの試合を興味深げに見つめていた。


(しゃぁ!! これで青桐の野郎は掻乱ゆすった……後は自滅ポカるのを待つのみだぜ……!!)


「へっへっへ……」


「オメェ何か色々勘違いしてんなぁ……」


 不気味に嘲謔げらる不死原の隣で、呆れ返ったようにため息を吐く木場きば

 疑義の念を抱くよそ者に、木場は面倒くさそうに口を開けていく。


「青桐は怒りで自滅ポカるようなヤツじゃねぇぞ、残念だったな」


「あぁ!? でもよ、心技体が大事だって言うだろ! 心が乱れりゃ、技も体も……」


「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「っ!?」


 木場から視線を外し、場内にいる青桐を見た不死原。

 その目には、一本背負いで相手を豪快に畳へと投げ飛ばす青桐の姿が映っていた。

 試合開始からわずか3秒、相手を圧倒して倒すその姿。

 激昂ごろばる気持ちを内に秘めたまま、荒々しく道着を直す青桐からは、殺気が溢れ出ていたのだった。


「あ、あぁ……」


「青桐はあんなんじゃ自滅ポカらねぇよ。仮にあるとしたら……」


夏川なつかわ絡みだろうなぁ……)


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 不死原の妨害にも動じることなく、青桐は次々と相手を投げ飛ばしていく。

 妨害工作が何であれ、青桐と彼の先輩である木場は、それを力づくで粉砕してきた。

 1人が敗れた状態から始まる異例の団体戦。

 しかし、その不利な状況下でも、青桐達は試合を着実に勝ち進んでいく。

 そして、ついに迎えた準決勝。

 対戦相手は、同じ高校の仲間つれである、花染はなぞめ石山いしやま伊集院いじゅういんの3人であった。


(く、くっそ……負けたら終わりのはずなのに、こいつら全然怖気ビビらねぇ……!! だけど次はこいつらの仲間つれだ。派手でーはーに揺さぶってやんよ!!)


 不死原は、再び試合でわざと敗北を演じた。

 それはまるで、数年前にアカデミー主演男優賞を受賞した名優、アントニー・ベイラー顔負けの演技である。

 先鋒の花染の技を受け、大げさに畳に背を打ちつけて一本負けとなった彼。

 第一試合を黒星で終え、形式的な礼を済ませた後、不死原は青桐たちの元へと戻って行く。

 青桐が突き刺す視線を送る中、不死原はわざわざ彼の目の前に立ちはだかり、あざけるように口角を上げて挑発を始めた。


「へへへ……!! おい青桐、次の相手、石山いしやまなんだろ!? アイツ、高校生ランク100位丁度ドタらしいじゃねぇか!! ここで負けたら、全額免除の資格は白紙おしゃかだなぁ!? そんな相手に本気で柔道れんのかぁ!? あ"ぁ"!?」


「……」


「へっへっへ……流石に仲間つれ相手には……」


「石山ぁ!! ……、全力で柔道ろうぜ」


「っ!? お、おい!? 待てよ!!」


 不死原を無視して、青桐は場内へ向かう。

 彼の瞳には、一切の情けがない鋭い光が宿っていた。

 石山もそれを察し、ゆっくりと息を吐き、目を引き締めて構える。


「おいおいおい……!!」


(お前ら仲間ダチじゃねぇのかよ、何でこんなに本気ガチでやれんだよっ!? 相手はランク100位の崖っぷちだぞ。お前、自分の仲間つれを蹴落とすつもりかよ!?)


「うわ……」


 驚きに目を見開き、両手で口を覆う不死原。

 青桐は迷うことなく、100㎏を超える巨体の石山を一本背負いで投げ飛ばす。

 その潔い一投が試合場を静まり返らせた。


「お前……本気マジかよ」


「あぁ?」


「お前、自分の手で石山を蹴落としたんだぞ……全額免除の資格を奪取ぎるっちまったんだ。今回はわざと負けてやるとか考えねぇのかよ!?」


「勝負でわざと負ける? お前と同じことするわけねぇだろタコが……!! 強豪校の人間無礼なめてねぇか? 喰い合い上等で柔道ってんだよこっちはっ!!」


「……!?」


「そういうこったっ!! 喧嘩ごろ吹っかける相手を間違しくったな~不死原ぁ!! あと青桐、お前ちょっと口が悪いから気を付けろよ?」


「ぐぅ……!? 謝罪さっせん……」


「俺にじゃねぇよ、不死原にだよ」


「く……謝罪さっせん


「……ぐくぅ……!!」


 不死原は歯軋りしながら、俯いたまま立ち尽くしていた。

 ちょっかいをかけにきたはずの連中の覚悟が、想像を遥かに超えていると、初めて実感していた。

 ふと顔を上げると、続く3試合目、木場と伊集院いじゅういんが互いに真剣な眼差しで試合に臨んでいる。

 彼らのひたむきな姿を目にしながら、自分が生きている世界シャバが、どれほど違うのかを感じずにはいられなかった。

 何度も敗北し、やがて腐ってしまった。

 そんな自分とは違い、今もなお挑み続ける彼らの姿を、ぼんやりと見つめていたのだった。


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「やぁ"ぁ"ぁ"!!」


「ぐぅ……」


「ふ~……おつかれさん、伊集院。また実力ウデ上げたなぁオイっ!!」


「……どうも、感謝あざっす


 木場は右手で倒れた伊集院を引き上げながら、労いの言葉を交わす。

 こうして、青桐達のチームは決勝に駒を進めることになった。

 それぞれ、汗を拭きながら体が冷えないように準備を整え、次の試合への集中を高めていく。

 蒼海の仲間つれ達も続々と集まり、チームを取り巻く雰囲気は、静かに熱を帯び始めていた。


「今日は風が吹かなかったか……木場、頑張きばれよ」


「おう花染、任せとけって」


「みんな、おつかれさん。石山、今回は残念だったが……また来月がある。気を落とすなよ?」


「監督……う、了解ういっす!!」


「青桐、木場っ!! これから決勝だ、気を緩めるなよ」


「「了解うっすっ!!」」


 一足遅れて集団に駆け寄って来た監督の井上いのうえ

 勝ち進んだ青桐達には激励の言葉を、奮闘した石山やその他のメンバーには労いの言葉をかける。

 選手達自身の判断力を養うため、今回の試合ではあえて試合中のコーチングを控えていた彼だが、決勝の相手を前にして、方針を変えざるを得ないと感じていた。

 勝利の重圧と相手の強さを踏まえ、彼は静かに決意を固める相手。

 それは会場中の誰もが予想していない選手達であった。


「……あれ? 監督、カナちゃんはどこに行ったんすか?」


「ああ、五十嵐いがらしは次の対戦相手の情報データを纏めて貰っている。そろそろ帰って……」


「ややや危険やばいですよ皆さんっ!! あの、アレっ!! うぅっゲホゲホゲホっ!? ちょっと休憩タイムですっ!!」


 決勝の相手の情報を探るため、偵察に向かっていたマネージャーの五十嵐いがらしカナ。

 青桐の同級生で、陽気な明るい髪色と少し早口な話し方も相まって、いつも騒がしい印象を与える彼女だが、データ分析を駆使してチームを支える頼もしい存在である。

 だが、このときばかりは普段の彼女とは様子が違った。

 何か異常なものでも見たかのように取り乱す彼女に、青桐は思わず理由を尋ねる。


「カナちゃん、……何があったん……」


「ややや、ヤツらが出ましたっ!!」


「え? ……誰が?」


「アレですよ、アレっ!! の……リヴォルツィオーネですよっ!!」

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