第4話 天獄の昇格戦

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勝てば天国、負ければ地獄―――

弱き者には人権すらない世界で―――

君は柔道が楽しいか?

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  2020年10月9日金曜日。

 博多駅の地下に存在する修練場で、猛特訓を行っていた青桐あおぎり達。 

 様子を見守る井上いのうえ監督は、同じく様子を見守っている飛鳥あすかの横で、明日に開催される、ある試合について頭を悩ませていた。


「……」


「おや? 井上さん、どうしたんだい眉間に皺を寄せて」


「ああ、その……明日の昇格戦についてアレコレ考えてましてね……」


「あれか~……ここの生徒達、どうなの? 不味ヤバいランク帯とかいるの?」


「何人か負けたら不味ヤバい人間がいますね。全額免除から半額免除に格下げされそうな人間が」


「あぁ……そりゃちょっと覚悟完了ガンギメないとね」


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 2020年10月10日土曜日。

 蒼海の柔道部員達は、天神中央公園近くにそびえ立つ柔道タワーへと来ていた。

 柔道を楽しんでもらうことを目的として建設された30階建ての高層タワー。

 今は亡き柔皇、西郷三四郎さいごうさんしろうが考案した柔道施設。

 1階事に100人近くの人間が同時に試合できる巨大なスペースや、シャワールームなどの施設が作られており、上層階へ向かう程に腕に自信のある人間が待ち構えている。

 階層ごとに大よその実力が分けられており、1階から10階までは初心者、11階から20階までは中級者、21階から30階までは上級者の人間が向かうことを推奨されている。

 西郷の子孫はこの施設を更に改良し、ランク制を取り入れることで、更なる改良を行っていた。

 また、1~2か月ごとに定期的に開催される昇格戦では、福岡の人間が最寄りの柔道タワーに強制的に集結し、実力を測る試験のようなイベントが開催されている。

 観覧は自由になっており、イベントの開催を聞きつけた人々で、ギャラリーは埋め尽くされていた。

 その中には青桐の熱狂的なファンである青山翼あおやまつばさと付き添いの青山龍一あおやまりゅういちの姿もあった。


パねぇ!! これが昇格戦かぁ!! おっちゃん、熱気がパないよっ!!」


「熱気つ~か、殺気だと思うけどなぁ~コレ……」


「あ、おっちゃん!! 思い出したっ!! この前属性がどうとかって言ってたでしょっ!? 時間つぶしに話してよっ!!」


「あぁ~? よく覚えてやがったな……わ~たよ、よく聞いとけよ」


切望よろっ!!」


「えっとだ。昔の柔道家達が柔道を広く普及させようと、選手達の戦い方をある程度カテゴリー分けしたんだよな。炎、山、氷、風、雷、水の6属性にな」


「ほ~……」


「……んでよ、1個1個説明していくとだ……攻撃的な柔道を行う炎属性、守備的な柔道を行う山属性、相手を弱体化させながら戦う氷属性、出し抜く戦いをする風属性、速さで翻弄する雷属性、技の連撃で圧倒する水属性の6つだな」


「6つもあるんだね」


「そうだな……それとだ、柔皇の技もそれに対応していてなぁ~しか使えないんだ。水属性の選手なら水属性の技か無属性の技の2種類ってな具合よ」


「えぇ……制限しばりあるの?」


「無限に練習できるならまだしも、練習時間は限られてるんだぜ? 才能センスあるやつならアレコレ覚えることが出来るかもしれねぇけど、学生ガキの限られた時間なら、6属性の2つと無属性の合計3種類が限度だな」


「なるほどー……」


講道館の技ふつうのわざと取捨選択した柔皇の技ぶっとんだわざを駆使して相手を崩し、投げ飛ばす。その駆け引きが柔道の醍醐味よ」


「ほー……パねぇ、楽しそうだねっ!!」


「……楽しそうか。翼、ちょっといいか」


「……? 何おっちゃん?」


「小中高校生全員が、ことになってんのは知ってるよな?」


「うん、みんなで柔道出来るなんて楽しそうだねっ!!」


「……まあそこは今回いいか。えっとだ……高校生ランクも知ってるよな? 青桐のこと追っかけてんなら」


「うんっ!!」


「……ランク帯で支払い金に差が出てくることは?」


「……うん? 何それ……」


「トップ100位以内なら、日常生活全ての支払金、家賃とか食費とか学費とか……諸々の代金が無料タダになるんだ」


「おおっ!! 現実マジで……」


「ただしっ!! 下位層の人間……男子高校生152万3945人の内の、100万位以内に入れなかった人間は、2になるんだ」


「……へ? 1万円の買い物が2万円になるのっ!?」


「そうだ。小学校に入学すると、クレジットカードみたいなもんを受け取るんだよ。高校卒業まではそれで支払いを行わないといけないのが法律なんだ。来年になったら分かるぞ」


「え、え、え?」


「いいか翼。柔道はな、楽しいだけのスポーツじゃないんだぞ? 怪我も多いし……支払いが出来ずに破産する人間、カードを使わずに物を購入して捕まっパクられた人間……えぐい人間には無縁だろうけどな、ヘボい人間にとっちゃ……ただの生き地獄だぞ」


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 柔道タワー1階で試合開始までの時間、体を作ることに専念する選手達。

 昇格戦では、開催ごとに本来のルールが変更される特殊な試合となっており、試合時間、チームの人数などが事細かに変わっていく。

 今回の試合条件は、試合時間4分の3人チーム制。

 誰と組かはくじ引きで決定することになり、自校のチームメイトと共に戦えるとは限らないレギュレーションとなった。

 くじ引きの番号が示す場所へと移動する青桐。

 誰が今回の戦友になるのかを待つ彼に、近づいて来た人物がいた。


こんにちはうぃ~す!! そこにいるのは、青龍の青桐?」


「そっすけど」


「俺、不死原ふじわらってんだ。よろしく頼むぜ~!! へっへっへ……!!」


「……んだテメェ? ヘラヘラ笑いやが……」


「おうっ!! 今月は青桐と戦えんのか、鬼に金棒だなこりゃ!!」


「おっ!! 木場きば先輩、おつかれさまっす」


 見ず知らずの不死原と名乗るヘラヘラした人物には、ガラの悪い塩対応をする青桐。

 対照的に、顔見知りであり柔道部の副主将である木場が来るや否や、一気に態度を軟化させていく。

 不死原のことはそっちのけで木場と談笑する青桐。

 仲間外れにされた部外者は、おどおどとしながら2人の会話を耳にしている。


「青桐、体出来てっか? アレなら打ち込み相手になってやろうか?」


現実マジっすか。んじゃちょっと熱望おねがいしゃっす


「あいよっ!! あ、それとだ……石山いしやま伊集院いじゅういん花染はなぞめ、アイツら3人で1チームになったらしいぜ」


「おお……もえる展開っすね。どの辺で対戦あたりそうっすか?」


「あー……準決勝ぐらいじゃねぇかな? アイツら一本勝ちぶったおしてやろうぜぇ!!」


了解うぃっす!!」


「あ、おい、俺のこと忘れてねぇか!?」


「あ? あぁすまねぇ……俺は木場ってんだ、よろしくな」


「ど、どうも~……糞が俺を無礼なめやがって……今に見とけよ」


 木場に愛想笑いしながら握手した不死原は、彼らに目を背けると、小さく舌打ちして不機嫌な表情を露わにする。

 何かを企んでいるとは薄っすら察している青桐と木場だったが、今は目の前の試合に集中すべく、ウォーミングアップを続けていく。

 時間になると試合会場内に大きなブザー音が鳴り響き、それぞれが試合会場内の所定の位置に着いていく。

 礼などの一通りの動作を終えていくと、先鋒を務める不死原が場内へと入場し、敵に一礼し試合が始まる。

 試合開始早々に敵と組み合った不死原。

 ここから激闘が始まるのかと固唾を飲んで見守る青桐と木場。

 そんな彼らが困惑する出来事が、目の前で起ころうとしている。

 敵の右足が不死原の右足を刈り取ろうとする最中、不死原は特に耐える様子もなく、大袈裟に足を払われて倒れていく。

 試合時間数秒で一本負けをした不死原に、青桐は困惑しながらも怒りを顔に滲ませていた。


「アイツ……!! わざと負けやがったのかっ!?」

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