第3話 地下修練場

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上には上がいる当たり前の世界―――

認めきれぬ現実に押しつぶされそうになっても―――

君は柔道が楽しいか?

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 2020年9月7日月曜日。

 日が昇っていない時間に目が覚める青桐あおぎり

 本来なら今日から始まる新学期に心を躍らせている所だが、彼の目覚めは最悪の一言だった。

 

「……ん……3時……マジかよ……」


 ベッドに横になり、机の上に飾られている写真を見つめる青桐。

 そこには青桐と夏川の他に、現在は他の高校にいる幼馴染の計3人が写っている。

 写真から部屋の天井へと視線を移す青桐。

 昨日のリヴォルツィオーネとの戦いを思い出す彼は、無意識にこう呟いた。


「……勝てる気がしねぇ」


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 新学期が始まり活気が溢れ返る蒼海大学付属高等学院。

 既に多くの学生が登校しており、青桐が教室のドアを潜ると、室内にいた学生は1人、また1人と青桐の元へと駆け寄って来る。


「ねえ、青桐君、夏川さんが事故って現実マジ……?」


「……」


 夏川鈴音なつかわすずねの事故。

 夏休み期間中ということもあって、その事実を知っているのは柔道部員だけだったが、学校が始まればこうやって全校生徒に知れ渡る。

 いちいち対応せざるを得ないことに憂鬱な気分になりながらも、青桐は同級生の質問に答える。


「ああ、現実マジだ」


ウソだろ……」


「なあ、青桐……!!」


「いつ夏川は目覚め……?」


「△※●□※×」


「……」


(これが暫く続くのか……)


 浮かない表情になる青桐。

 そんな中、質問攻めになる彼の前に割り込んで来た人物が居る。


「ちょ、ちょ!! 通してばい!! 朝練があるけん!!」


石山いしやま……朝練? ……うぉ!?」


 同じクラスで、青桐より一回り大きな体格の石山鉄平いしやまてっぺいと言う人物。

 彼に引きずられる形で教室を後にする青桐は、人通りの少ない場所まで移動すると、石山に先ほどの会話の真偽を問う。

 

「石山……朝練なんて嘘言かましてどういうつもりだよ……?」


「いや~あげんなことになっとったから、ついつい体が……気にせんとって!!」


(あぁー……石山に気ぃ使わしちまったな、こりゃ)


「……理解わかったよ。 ……感謝あざっすな石山」


 石山の行動で不快な時間を過ごさずに済んだ青桐。

 彼に感謝しつつ、授業が始まるまでの間、その場で時間を潰すのであった。


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 放課後、道場へと移動する青桐と石山。

 途中、別クラスの伊集院慧いじゅういんけいと合流し、放課後の練習場へと向かう。

 道場には既に井上いのうえ監督がおり、隣にいた見知らぬ人間と何やら打ち合わせをしていた。


「あれ? ……誰だあの人」


「俺も理解わからんばい」


「データにない人だな」


 顔を見合わせる青桐達3人。

 謎の中年男性の正体は、練習始めの黙想の時間に伝えられる。


「えー……以前から交渉かけあっていたんだが、今日から本格的ガチメに協力してくださることになった、飛鳥国光あすかくにみつさんだ。みんな失礼がないようにな」


「飛鳥国光です。よろしくね、みんな」


「さてと……早速そくで悪いが今から遠出がいしゅつだ。荷物をまとめて準備してくれ」


「……風はこう言っている。理由わけを知りたいとな」


「まあ花染はなぞめの言う通りなんだがな……実際に実物マジモンを見るまでは、何を言っても信じられないと思うんだよな……お前ら、博多の地下にある修練場については知っているか?」


「9割9分9厘、データ上の話ならば知っている。アレは都市伝説デマのはずだが……」


「その施設の管理人が、この飛鳥国光さんだ」


 井上監督から伝えられた言葉に驚きを隠せない面々。

 やはりこうなったかと肩を落とす井上監督と、初々しい反応に思わず笑みがこぼれる飛鳥。

 ざわつく部員を静めながら、井上監督は話を続ける。


「そういうことだ。各々準備をして博多駅まで向かう。いいな?」


 半信半疑のまま部員達は、井上監督の指示通りに準備を始める。

 ひと段落ついたチームの指揮官は、横にいる飛鳥から労いの言葉をもらう。


「監督って大変ですね……僕にはちょっと無理かな~」


「本当ですよ。まあ、やりがいもありますけどね。 ……話は変わりますけど、まさか許可をいただけるとは思ってもいませんでした。どのような心境の変化が……?」


「う~ん……まあ、色々ですかねぇ」


「……昨日の黒い柔道着の集団ですか?」


「……ふふ、井上さんは慧眼きれるねぇ……いやね、ちょっとあの集団を見て違和感を感じたんだよね」


「と言いますと?」


「昔……学生ガキの頃かな? その時にね、一緒に練習けいこしてた仲間ダチの戦い方に似ていたような気がしたんだよ」


「似ていた……」


「うん。だからね、この仮説が正しいのか知りたくなったのさ。青桐君達に協力して、あの黒い柔道着の集団と戦っていけば……手がかりが理解わかるかもって思ったわけ」


「なるほど……」


「何よりもね……色々と悪い側面もあるけどさぁー……ここまで受け継がれてきた、柔皇が考えたシステムを粉砕ぶっこわすなんて言われたらさ~……ねぇ? 売られた喧嘩かけあいなら買っちゃうよ、僕は」


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 吉塚駅から電車で博多駅へと移動した蒼海の部員達。

 博多駅の改札口を出るも、地下修練場が何処にあるのか見当がつかない。


「みんなちょっと待っててね。駅員さ~ん……いつもの、要望おねがいしゃ~す


 飛鳥の話しぶりからして、頻繁に使われていると思わしき場所。

 駅員に案内されるまま博多駅内を進んで行くと、バックヤードの一角に存在する白い壁の前へと案内された青桐達。

 駅員が3回壁をノックすると、回転扉のようにそれは動いていく。

 大人1人が通れるほどの小さな隙間から扉の中へと進んで行くと、下へと続く巨大なエレベーターが姿を見せた。

 部員全員がそれに乗り込み、地下へ進んで行くこと数分。

 無数の工業用ライトに照らされた巨大な空間へと辿り着く。

 東京タワーを優に超える高さの天井に、先の見えない奥行きのある空間に所狭しと並べられた機械の数々。

 噂されていた架空の場所が実在したという事実に、蒼海の学生達は言葉を失っている。


「さてと……んじゃ早速そく練習していこうかね。えぇ~と……先ずとりま、青桐君行ってみようか!! あのロープを最後てっぺんまで登ってごらん」


「ロープっすか? ……あの飛鳥さん、あれってどのくらいあるんですか? ゴールが見えないんですけど」


「え? ……1000mくらい?」


「1000m!?」


「大丈夫大丈夫、命綱を付けるから安心して落ちていいよ。あ、登るときは腕だけで登ってね。引きつけの練習みたいなものだ。どこを鍛えるのかを意識してやるんだよ。はい、よ~いドンっ!!」


「え? え? え? あぁ~……くそ、やってやんよっ!!」


 状況が飲み込めないまま、施設のスタッフに命綱を付けられた青桐。

 やけっぱちで目の前のロープを腕のみでよじ登っていく。

 彼が過去に似たようなことを行った際の記録は10m程だった。

 今回はその100倍の距離になっており、彼の両腕は30mを超えた所で悲鳴を上げ始める。


「おお、初めてであそこまでいくのか……若いっていいねっ!! さあ、他の部員も青桐君に続いてみようか。別にやらなくても良いけど……立往生ひやかしなら帰って欲しいかなぁ~……」


 冷ややかな脅迫を受けた蒼海の部員達。

 キャプテンである花染の号令により、次々とロープをよじ登っていく。

 先陣を切っている青桐はあれからというと、殆ど握力が残っていないにも関わらず、距離を40mまで伸ばしていた。


「がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


(無理だこれぇ!! あぁでもこれくらいやれねぇと、リヴォルツィオーネあいつらに勝てそうにねぇ!!)


「こんの……糞がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! ……あ」


 彼の気迫にどうやら体はついてこなかったようで、両手から綱が離れていく。

 40m真下へと垂直落下していく青桐。

 他の部員達も、先陣を切って行った青髪の青年と同じように、情けない叫び声を上げながら落下していく。

 にこやかにそれを見守る飛鳥をよそに、修練場は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

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