ナイフ(3)


何が言いたいのかアフメドは理解できなかったが、彼がポケットから取り出した折りたたみ式のナイフを目にすれば自分の身に危険が迫っているのは明らかだった。


手こそ震えていたが、その手にはしっかりとナイフが握られていた。死がこれまでになくはっきりとアフメドの前に姿を現していた。


「そのナイフがすべてを解決するとは思えませんけど」


ナイフを向けられてもアフメドは必要以上に取り乱すことはなかった。


「黙れ、患者の体を見てるんだろお前は?」

「落ち着いてください、奥さんの容態は安定しています。待つのは辛いかもしれませんが、心配することはありません」


アフメドは彼を落ち着かせようとしたが、アフメドの声は届いていただろうか?今にも襲いかかってきそうだった。憎しみと怒り、怯えと恐怖が彼の中で渦巻き、手にあるナイフは震わせていた。


アフメドもチャンスがあれば部屋の外に出て逃げることを考えていたが、扉は彼の背中にあり、そう簡単にいくとは考えられなかった。密室で二人きりになるのが目的だということに気づけなかった自分にうんざりしていても、それどころではなかった。


この部屋に誰かが偶然入ってくるような可能性は限りなくゼロに近く、助けが来てくれることを期待したところで、そうなる確率はほとんどなかった。


患者の左脇腹にあるサラと同じアザについて話したことが彼をこのような行動に駆り立てた原因なのかもしれない。何の前触れもなく、意を決したようにテーブルを跨いでアフメドに襲いかかってきた。


死に満ちた包丁の刃先はその一点はこれから先の未来を奪おうとしていた。アフメドは直線的に向かってくる彼を避けて、そのままドアに手を掛けようとしたが、どうも間に合いそうになかった。


振り向けば思った通り、彼はアフメドへと同じように直線的に突進してきた。アフメドも同じように避け、彼は扉にぶつかった。アフメドが避けた先は狭く、棚に囲まれていたために、逃げ場がなかった。


彼も咄嗟にその状況を理解したのだろう、覚悟を決めたように、全てを終わらせるようとアフメドに全力で突っ込んだ。ナイフを握る右手の手首をアフメドは上手くタイミングを合わせて掴んだ。


ナイフを何とかして彼の手から落とそうとしたが上手くいかず、そうはさせまいと彼もナイフをより強く握って抵抗した。アフメドを棚に押し付け、そのままナイフを突き刺そうとしたが思ったようにはいかなかった。


棚はアフメドの重さだけでなく、そこに加わった彼の力にも耐えられずに倒れ、そこに置かれていたものが勢いよく床に落ちていった。カセットプレイヤーが床に落ちていくのがアフメドの目に入った。


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