ナイフ(4)
その光景は、もうそのカセットプレイヤーで音楽が二度と聴けないことをはっきりと連想させていた。床に落ち、破片が飛び散るカセットプレイヤーの無惨な姿とともに腹部に今まで感じたことのない痛みを感じた。
死が体の中に入り、彼はアフメドに覆い被さるようにナイフを刺していた。彼の吐息がアフメドに触れ、それはまさしくマルコと初めてあった日に感じた不快感そのものだった。
自分はもう死ぬのだろうと考えているとき、扉が開いた。それは現実なのかどうか意識が朦朧とする中で理解できなかった。棚が倒れた音を耳にした誰かが入ってきたのだろうか?
エムレだと思い、アフメドは逃げろと口を動かしたが、声にならなかった。体の力が入らなくなり、目を開いていることも難しくなってきた。立ち上がって扉に向かう患者の夫を何とかして食い止めたかったが、今のアフメドにできることは何もなかった。
足音から一人ではなく、何人かであることを理解すると、女性の声が聞こえた。それは電話越しではなく、久しぶりに聞いたブシュラの声だった。残った少ない力を振り絞るように目を開くと、ブシュラが患者の夫に肩に掛けていた鞄を投げていた。
身を守るような体勢をとったのを見逃さなかったウムトが彼に飛びかかり、右手に握られていたナイフを奪って蹴飛ばしたのが薄らと、ぼやけながらアフメドの目に映っていた。
誰かが自分の体に触れてるのにすぐには気が付かず、天使がこの世界から自分のことを連れていってしまうのだろうかとアフメドは思ったが、そんなはずなく、二人と一緒に病院を訪れたダリヤがアフメドの体に触れていた。
「どうして?」
ダリヤの声には、無力である自分に対する怒りも含まれていた。こうなる前に何とするのが自分の役割だとずっと思っていたからこそだった。マルコが最後に見せた不気味な笑みはこのことを指していたのだろう、そうとしか思えなかった。
傷口である腹部をダリヤは押さえたが、血が止まる気配はなく、ただダリヤの手も白衣と同じく赤く染まるだけだった。ブシュラもアフメドに駆け寄ったが、できることはなく、どうしたらいいか分からないかった。
アフメドが口を動かしていたが、それは声にはならなかった。ブシュラもアフメドが何かを言葉にして口を動かしていることに気がついていたが、聞き取ることはできなかった。
死ぬ間際だからだろうか?アフメドはあの時の花の香りがその部屋に流れていることに気がついていた。それこそ死ぬ間際のサラを腕に抱えていたときも、全く同じではなくても限りなく似た花の香りが流れていた。
今までなぜ気が付かなかったのか?窓辺にうっすらと流れ込む花の香りもこの香りと似ていた。
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