ナイフ(2)
エムレには心配することはないと伝えたが顔に浮かぶ表情は決して納得していなかった。患者の夫と二人、カセットプレイヤーのある部屋に向かった。暗くはなかったが、アフメドは部屋の電気を点けてソファーに腰掛けた。
「水をもらえないか?今日は暑くてね」
なぜそこまで今日は落ち着いているのか?アフメドは一度ペットボトルの水を取りに部屋を出た。二本のペットボトルの水を手にアフメドが部屋に戻ると、患者の夫は棚の前でカセットプレイヤーを眺めていた。
「このカセットプレイヤーはまだ使えるのか?それともただの飾りか?」
なぜ今さらカセットプレイヤーに興味を抱いたのか理解できなかった。それに、さっきまでの落ち着いた声とは違い彼の声は落ち着きを失い、震えていた。何かに怯えているようだった。
「そのカセットプレイヤーで音楽を聴ききながらここで横になることもあります。再生ボタンを押してもたまに再生されないこともありますが、気にしていません。古いからこそ味のある音を鳴らしてくれますよ」
音楽を聴きたいのかとも思ったが、彼がそれ以上カセットプレイヤーに興味を示すことはなかった。
「音楽を聴くことが好きなのか?」
彼と会ってからまだ一言も『目覚めない妻』について話していなかった。その質問にどんな意味があるのか分からなかったが、アフメドは答えた。
「好きです。ここで音楽を聴きながら休む時間がなければ、あれだけたくさんの手術をこなすことはできないと言っても過言ではありません。だから家ではなく、病院にカセットプレイヤーを置いているんです」
「そうか・・・」
患者の夫はソファーに再び腰掛けるとアフメドが持ってきたペットボトルの水を飲んだ。その様子は明らかに自分を落ち着けようとしていたし、さっきまでとは別人のようだった。
アフメドも彼と同じようにペットボトルの水を飲んだ。部屋は決して暑くないはずなのに彼の額にはうっすらと汗が浮かんでいたし、ペットボトルの蓋を落とすと、慌ててテーブルの下に屈んだ。
その様子は滑稽なだけでなく、これから何かが起こることを予感させた。ちょうどアフメドの足元に転がってきたペットボトルの蓋を拾い上げ、手を伸ばすと、一瞬触れた彼の手は熱を帯び、その熱さは異常だった。
だらだらと話すつもりはなかったし、ウムトとブシュラがそろそろ病院に着いてもいい頃だった。できればこのことを知られたくなかったし、そのためにも患者の夫にはなるべく早く帰ってもらいたいのが本音だった。
「話したいことは何ですか?仕事もあるので、そう長くは時間が取れないんです」「話すためじゃない。こうやって二人きりになれる場所が必要だったんだ」
そう言いながら患者の夫はポケットに手を突っ込んでいた。
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