アフメドの仮説(2)


そこまで頑なに譲らないエムレは珍しく、アフメドは今日も家で休むことを伝えて電話を切った。何かを隠しているのだろうか?


埃だらけの家中を掃除するのは決して楽ではなかったが、そうやって何かに集中して時間が過ぎるのは悪くなかった。


それからコーヒーを淹れて、いくつかのチョコレートをテーブルに置くと、廊下にある本棚から適当に何冊か本を手にとってテーブルに重ねた。サラがそうやって休日の午後を過ごしているのを目にしていたが、アフメドがそうすることはほとんどなかった。


本を読むのは嫌いではなかったが、サラほどではなく、気が向けば手に取る程度だった。サラの足跡を辿るように花瓶を洗い、花屋に行き、コーヒーを飲んで本を読むことで、アフメドは今まで知ることなかったサラの真実に触れることができるとでも考えていたのだろうか?


サラが残したものに触れることを無意識に恐れていたのかもしれない。ただ恐れることなどなかったし、決して悪い気分ではなかった。空になったマグカップを片付け、本を棚に戻すと太陽は色を変え、濃いオレンジの綺麗な色を見せていた。


サラが亡くなってから休みの日や空いた時間をどう過ごせばいいのか分からず、それだけ多くの時間をサラと共有してきたことに気づかされていた。空白の時間がアフメドのことを苦しませることも少なくなかった。


そのことを解決できた思えるような状況ではなかったとしても、花瓶を洗い、花を生けたことはアフメドにとって大きな一歩だったかもしれない。


夜、特にすることも見つけられないまま眠気が訪れるのを待つようにしてテレビを観ていると、一つのニュースが目にとまった。


スエズ運河のいくつかのコンテナが船の衝突事故によって海底に落ち、そのコンテナを回収することはほとんど不可能らしく、その事故によって物流に大きな影響があり、物資などの大幅な遅延が見込まれるとのことだった。


復旧作業中がどれくらい続くのかもまだはっきりとしていないこと、経済的な損失も大きく、計り知れないことをキャスターが深刻そうな顔で伝えていた。それから明日の天気予報へと移り、アフメドはテレビを消した。


明日、出勤することを考えると、まず頭に浮かんだのはサラと瓜二つの患者のことだった。もし目が覚めたのなら、エムレから電話があっただろうし、このまま目が覚めないとは考えたくもなかったが、その可能性も視野に入れなければならない状況に追い込まれていたかもしれない。


それでもその夜は深く眠り、夢を見ることなく朝を迎えていた。


病院に着くとすぐにエムレを探した。エムレもアフメドのことを探していたらしく、出勤するのを待っていたようだった。彼によれば患者は目覚めることなく、夫も相変わらず昨日も病院に姿を見せたとのことだった。


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