アフメドの仮説(1)
花屋を再開するきっかけは何だったのか?そのことを聞くことなく、店主が勧めてくれた『天使の羽』と呼ばれる白いユリを片手に花屋を出た。花屋から家へ歩いていると、白い猫がアフメドの歩く反対側のコンクリートの道を横切って行った。
その猫に不思議な既視感を覚えたが、それ以上気にすることはなかった。家に帰ると早速その白いユリを花瓶に生け、日の光が当たる窓辺に置くとその花はまるで発光しているかのような眩しい輝きをアフメドに見せた。
水と光、それから白いユリはサラのことを初めて見た噴水を思い出させ、十八歳のアフメドにとってサラはあまりにも美しすぎる女性だった。
水と光のイメージはことあるごとにサラと結びついていたために、ふとした瞬間にそうやってサラのイメージがアフメドの頭を流れていた。
サラとの出会いがアフメドの人生を大きく変えただけでなく、もし出会っていなければどんな人生だったかとふと頭をよぎり、その度に色彩の少ない人生であっただろうという結論に至るだけだった。
サラが亡くなってから考えることの一つだったし、一人の女性との出会いがそこまで人生に影響を及ぼすことになるなど十八歳のアフメドには決して想像できないことだった。
長い時間が過ぎることでしか理解できないことがこの世の中にはあり、アフメドが今もなお気がつけていないことがあっても驚きはしなかった。花を眺めていれば自然とサラが生きていたときのことが、そうやって花が花瓶に生けられて日々がアフメドの脳裏に浮かんだ。
花屋と同じようにアフメドのが住むそのアパートも大きくは変わらずサラが生きていたときと部屋はほとんど同じ状態だった。
そこを引っ越すことも幾度か頭をよぎったが、ここから病院に向かうのに慣れていたし、引越しに費やす時間やエネルギーを考えればこのままここに住み続けるのも悪い気はしなかった。
新しい花はアフメドに古い記憶を蘇らせ、過去の美しい時間に触れることで体の疲れが少しは体から抜けていたかもしれない。ただ、二日間などそれほど長い休暇ではなかった。
ふと気がつくと、視線はいつも窓際にある白いユリに吸い寄せられていた。そこにはアフメドが知らない何かが隠されていたのだろうか?突然、部屋の電話が鳴った。電話の先からエムレの声が聞こえた。
「どうですか?少しは休めましたか?」
「よく眠れたよ。何かあったのか?」
「いえ、もしよかったら今日も家でゆっくりしてください」
「本当に何もないのか?」
「ありません。院長にも伝えてありますから」
「そろそろ家を出るところだったから、とりあえず今日は出勤する」
「いや、今日も家でゆっくりしててください」
エムレの言い方はまるでアフメドに出勤してほしくないような言い方だった。
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