花屋(6)


白と表現すれば確かにその花弁の色彩を表現したことにはなるとしても、ただ『白』というだけでは表現しきれない花弁の質感や艶々しさが複雑に組み合わさり緻密な美しさをその花は兼ね備えていた。


「ある国の言葉ではこの品種は『天使の羽』と表現されているんです。一生のうちにこの花を目にすることがどれだけ幸運であるかを示していると仕入れ先から教えてもらいました」


その大きな花弁の一つ一つは確かにそう見えたかもしれない。『天使』という言葉もまた、サラと繋がりのある言葉だった。患者について夫と話しがしたかったが、落ち着いて話ができるような状態ではなかった。


アフメドが考える真実が正しいかどうかは別として、患者の夫が信じられるようなことではなかった。サラが祈り、水の流れる場所で再会できると信じていた人物はその患者である女性なのだろうか?


患者が目覚めたとしても、そのことについて話す勇気が今のアフメドにはなかった。花のことについて話していても、そこにはっきりとサラの姿があったし、店主は諦めたかのようにサラのことを口にした。


「奥さんが来る日には必ず猫が花屋の前を通っていたんです。毎回同じ猫ではなかったし、毎日猫が通っていても目にしなかっただけかもしれませんが、それでも単なる偶然にはどうしても思えませんでした」


それから店主は胸の内を打ち明けるようにサラに対して抱いた印象を言葉にし、花に喩えながら何とかしてアフメドに伝えようとした。たとえ抽象的な表現であっても、サラと多くの時間を過ごしたアフメドにとって彼が何を言いたいのか理解するのはそれほど難しくはなかった。


ここにもっと早く足を運ぶべきだったのかもしれない。ただ長い時間が過ぎたからこそ、こうやって落ち着いて話すことができたのも事実だった。タイミングが重要だとすれば、サラの死は小さな不運が重なって起きたことだろうか?


そう考えても受け入れられることではなかった。サラを死に追いやったのはその不運の積み重なりだとしても。サラのことについて話しているときも、店主の顔には決して消えることのない悲しみという名の傷が深く刻まれていた。


サラが亡くなってから花屋を閉めたことを、スーパーで買い物をしているときに野菜売り場で話す二人の女性の会話からアフメドは偶然、耳にした。理由が何なのかその二人は適当な推測を言いながら、いつの日かまた再開してくれることを願っていた。


そして二人が願ったように、花屋は再開された。何が再開させる動機になったのか?以前とは違うトラックだったが、荷台にたくさんの花を積んだトラックを目にしたとき、花屋が再開されたこと知った。


他の花屋かもしれないがアフメドはそうは思わず、ここの花屋であることに根拠がなくても確信していたし、それは実際に正しかった。


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