花屋(5)


アフメドは帰宅するその老夫婦とすれ違い、その方向から歩いてくるアフメドが店主の目に入ったことを知らせるように、彼の表情は強張った。


ぎこちなく挨拶を交わして店内に入り、花の香りに包まれたがそれは自宅の窓辺で香る不思議な花の香りとは違った。そうだとしても、そこに含まれる幾つかの花がこの店内に置かれていることだけは香りから確信を持っていた。


「何かお探しですか?」


店主はアフメドのとの距離がうまく掴めないまま、そのぎこちなさを拭うことはできずにいた。


「ここに来るのは久しぶりですが、まるで時が止まったかのように昔のままですね」


アフメドのこの言葉に深い意味はなかったが、店主はそこに意味を汲みとるようにその風貌に似合わない声で言った。


「変わってないように見えても、変わったことはたくさんありますよ」


「そうかもしれんません。ここ最近、疲れていたんですけど、ここに足を運んだのは間違いではなかったみたいです。花の香りを嗅いでいると自然と肩の力が抜ける気がします」


「今日は何かお探しですか?」


「休みだったので久しぶりに部屋を掃除していて、埃を被った花瓶を一つ一つ洗ったんです。せっかくだから綺麗になった花瓶に花を生けようと思っていて・・・」


一人の客として振る舞おうとしてもそれは難しく、名前を口にしなくても二人の間にはサラのことが花の香りのように流れていた。アフメドがそう言ったときも、店主はアフメドの家にある花瓶を正確に記憶から呼び覚まし、その花瓶に似合う花を探していた。


サラが彼に花瓶や、部屋の間取りついて詳しく話していたからこそ、部屋に置いたのにも関わらず、ずっと前からそこに置かれていたかのように花瓶と花が部屋に溶け込むことが何度かあった。


「この花はいかがでしょうか?何度かお見かけしたことがあるかもしれませんが、発色も綺麗で素晴らしいです」


確かにその花を何度かサラが花瓶に生けていたのを覚えていた。まるでアフメドが来るのを待っていたかのようだった。その花を常に仕入れていたとも考えられなくもないが、花屋を再開した日からアフメドが訪れるのを待っていたのかもしれない。


その花を眺めながらサラが花を愛でていた瞬間が次々と頭に浮かんできたのは、花の香りによってその数々の瞬間が記憶の深い場所から浮かんできたのだろうか?


花の香りと繋がっているサラとの記憶はあまりにも多く、アフメドは以前にも似た眩暈を引き起こしていた。


「これはサラが気に入っていた花ですよね?」


「ええ、他にもいくつかありますが、この花は特に気に入っていたようでした。ユリにもたくさん品種があります。これは中々出回らない品種ですから簡単には手に入りません。見つけるたびに仕入れています」


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