花屋(4)


花の美しさに深く惚れてしまったために、女性たちはある一定の線を越えると諦めたように自分自身から遠ざかってしまうと珍しく笑いながら説明してくれたとのことだった。


サラの言ったことを嘘だとは思っていたなかったが、アフメドにとってはそれが冗談にしか思えず、何か他に大きな理由がある気がしてならなかった。


ただ普通の花屋では見かけないような花を仕入れるのは決して簡単ではないだろうし、長く積み上げてきた関係の中で特別に譲ってもらったりしているのかもしれない。


花を積んだトラックと病院に向かう道中で何度かすれ違ったことがあった。アフメドが花屋で初めて目にした花は、何色と表現したらいいか分からなくなるような複雑な色彩を放ちながら花びらを目一杯開かせていた。


その花の名前もその色彩に劣らず、複雑で長い名前だった。その名前をアフメドはとっくの昔に忘れていたが、今でもその色彩は薄れることなく記憶にはっきりと残っていた。


アフメドがサラの墓を訪れると、そこには真新しい花束が供えられていたことがあり、ブシュラがそこに足を運んだ可能性も十分に考えられたが、花を見れば誰がそこに置いたのかアフメドの頭にすぐに浮かんだ。


それだけサラの死は彼の人生を大きく揺るがしただけでなく、罪の意識を感じさせていたのはアフメドも知っていた。


そこに置かれた花を眺めていれば、彼がサラの死によって心に抱えた傷を不思議と理解できる気がしたが、それは思い過ごしだったかもしれない。彼の心には消えることのない傷が今もその深さを変えることなく残っているだろうか?


家を出たアフメドはいつもとは違う方向に歩き、近所でありながら見慣れない風景が目に入ってきた。


少し角度が変わるだけでこれほどにも世界は形を変えてしまうのだろうか?その花屋はサラの死後、閉店したと聞いたが、数年前に近所の人が手にしていた花は明らかにあの花屋でしか買えないような珍しい花だった。


近所の人はそこで花を買うことに喜びを覚えていたからこそ、店主にもう一度店を開いて欲しいと頼み込んだとしても不思議ではなかったし、彼自身がこのままではいけないと再開することを決意したのかもしれない。


決して短くはない時間が経っていたのに、その花屋は時間が止まったように何一つ変わることなくそこに店を構えていた。もう少し広い物件を見つければいいのにとアフメドは足を運ぶたびに思っていた。


店主にとって自分の家のように、どこに何があるのかが分かるその場所が働きやすく、特に不満も感じていないし、少し狭いことなど大した問題ではなかった。以前、ブシュラもアトリエについて似たようなことを口にしていたのをふと思い出していた。


店主は小さな穴がいくつも空いた黒いエプロン姿で入り口の近くで老夫婦と話していた。最後に彼を見た日よりも、白髪が増え、額にはより深く皺が刻まれていたが、それ以外に変わったところは見つからなかった。


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