花屋(3)


アフメドの頭に浮かんだ考えは頭の中を侵食するように広がり、そうしなければならないような義務感すら感じていた。サラが亡くなってからあの場所にアフメドが足を運ぶのは初めてだった。


サラが気に入っていた花屋がアパートからそう遠くはない場所にあり、病院に向かう道とは反対方向だったため、花屋のある道をアフメドが歩くことはほとんどなかった。


アパートから歩いて五分くらいだろうか?それほど近くにあってもそこに足を運ぶことがその日まで躊躇されていたのは、その花屋の店主がサラの死と関係がないとは言えないからだった。


店主の年齢はアフメドとそれほど変わらず、同年代の男性が一人で切り盛りしていた。サラと二人で花屋を訪れたときに何度か顔を合わせたくらいで、挨拶をしたが、その程度の間柄でしかなかった。


アフメドとは違い、サラは彼のことを少なからず知っているようだったし、彼の個人的なことも新しく買った花を片手にサラがいくつか話してくれた。サラもアフメドのことについて花屋の主人と話していたのかもしれない。


あまり表情を顔に出さない寡黙な男だったが、アフメドは彼に自分の影を見るような親近感を抱いていた。交わした数回の挨拶の中で、彼もアフメドと共通する何かを感じていたとしても不思議ではなかった。


もし人が彼のことを道で見かけたら、まず花屋であることを想像することは不可能だろう。背が高く、髭の濃い、鋭い視線は人を寄せ付けないことを想像させる。ただ彼の声は落ち着き、思慮深い、優しさのある男だった。


言葉で自分の考えや胸の内を説明するよりも、行動や仕草にそのことはよりはっきりと浮き出ていた。嘘をついたことないような正直さと、花に対する真摯な態度は多くの客をそこに集めているようだった。


そこを訪れる人が以前に買った花を正確に覚えていたし、その客がどんな花が好きなのか、どの時間帯に来ることが多いのかも把握しているようだった。


その客の好みに合わせて花を仕入れ、提案していることをサラから聞き、サラの好みに合った花をその日も見せてもらい、言われるがままに買ってしまったことを嬉しそうに話していた。


普通の花屋では見かけることのない花がそこには並んでいたし、サラの手にも握られていた。花屋に行けば必ずサラの気に入る花があっただけでなく、サラの好みをどれだけピンポイントに把握していたのかは花を握るサラの表情を見れば明らかだった。


そんな人の考えや好みを敏感に汲み取れるのに、独身で子供のいない店主のことがアフメドは不思議に思っていた。サラも同じことを考えたらしく、新しい花を片手にその理由を教えてくれた。


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