フォーレのシシリエンヌ(2)


望みは薄いのだろうか?アフメドは何て言ったらいいか分からなかった。彼らが話しているときも絶えることなく噴水からは水が流れていたが、彼らの会話はそこで流れをとめてしまった。


誰かがアフメドの肩に触れた。そこにいたのはブシュラだった。


「探したんだけど。早く行こうよ」


彼女はアフメドと同じクラスの生徒だった。ブシュラに何の罪はなかったがもう少しそこに残っていたかった。


「分かった」とブシュラに返事をして仕方なく噴水のそばを離れた。最後に見た彼女の瞳から涙が流れていたかもしれない、確信はなかった。噴水の水が彼女に顔に跳ねたのだろうか、もしくはサラの瞳の異常なまでの透明さがアフメドにそのように見せたのかもしれない。


声をかけようと彼女の側まで来たものの、アフメドはサラについてほとんど何も知ることができなかった。名前さえ知ることもなくブシュラと噴水から遠ざかっていった。後悔がアフメドの心に残った。


ブシュラが来たからだと考えながら自分自身を納得させようとしていたが、自分の弱さに目を向けたくなかっただけだった。彼女の澄んだ瞳を忘れることはなかったし、噴水の水よりも透明だったかもしれない。


次の日も同じ時間に噴水に行ったが彼女の姿はなかった。アフメドはその日以来、時間があればそこを通り過ぎるか、はじめて彼女を見た日のように噴水に腰掛けて待ってみた。


サラは幻だったのか、二度と逢うことはできないのか?なぜそれほどまでに彼女に惹かれているのか分からなかった。単純な女性としての魅力だけではなく、触れたことがないものがそこにはあった。


残酷にも時間は流れ、彼女とまた噴水に座って話をする望みは潰えてしまいそうだった。消えかけの蝋燭の火のように望みも段々と小さくなっていた。


その日も噴水で彼女を待っていた。そこに来ることは無駄だと薄々感じていたものの、また彼女はここに来るかもしれないという希望と諦めの狭間を行き来しながら、風に揺られる木を見て、水の音を聴きながら彼女を待った。太陽は沈みかけていた、そろそろ家に帰ろうかと考えていた時、誰かがアフメドに声を掛けた。その声を忘れることはなかった。


「ここで何してるの?」と言う彼女の落ち着いた声は、夜が来ることを知らせるために月が囁くようだった。


アフメドはすぐに彼女に名前を尋ねた。


「サラよ。あなたは?」

「アフメド」

「あなたもここを気に入ったようね」


アフメドは夢から覚めてしまうことを恐れているかのように焦っていた。そしてその夢からまだ覚めない事を切に願っていた。


「どうしてここへ来なかったの?」

「どうしてその事を知っているの?」


サラは不思議そうにアフメドの顔を覗いた。そのまま黙るアフメドを見て、隣に腰掛けてからサラは 「あなたはすぐに黙る。黙ることは構わないけど、返事をしないことは良いことだと思えない」と言った。


アフメドまたしても言葉を失ってしまった。噴水に来ていたと伝えることを躊躇する必要はなかったのかもしれない。その後もなかなか話が進まず、サラは退屈してしまったかのように立ち上がって行ってしまった。


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