フォーレのシシリエンヌ(3)


またとないチャンスを逃し、暗くなるまでそこを離れられなかった。月の光がアフメドと噴水を照らしていた。


その日、退屈そうに噴水から立ち去っていったのに、それからサラは毎日のように噴水に来て、アフメドと話すことを楽しんでいるようだった。水の音が流れるように、今度は止まることなくサラとアフメドの声もそこに流れていた。


二人の秘密は噴水によって守られて、外に漏れることはなかった。共有された秘密は二人の距離を近づけた。アフメドはサラが雨の降る日に産まれたことを知った。それが水と雨を好む理由だった。


アフメドは自分が生まれた日の天気なんて知らなかったし、気にしたこともなかった。サラは自分の生まれた日の天気を知らないアフメドに驚いていた。


サラの見たことのない表情を発見するたびにアフメドは嬉しくなった。そしてサラの全ての表情、顔を見ることが夢だった。アフメドは全ての顔を見ることができたのかもしれない、ただそれはアフメドが望んだ顔だけではなかった。悲しみに暮れた顔だけではなく、最後の呼吸を終えた顔もそこには含まれていた。


「水の中を見て」


サラの言葉に従うままにアフメドも噴水の中を覗き込んだ。


「何が見える?」

「自分の顔が見えるけど」

「水の中のあなたも、あなたを見ているのよ。このことを忘れないで」


サラは何を伝えたかったのか?共に時間を過ごす中で、そう思うことは何度もあった。ある日、サラは噴水に来なかった。アフメドは長く待つことなく帰途についた。次の日、サラはアフメドよりも先に噴水に来ていた。


少し遠くからでも噴水に腰掛けるサラに気がついていたが、サラはまだアフメドに気がついていないようだった。サラに昨日ここに来なかった理由を訊いた。


「風邪引いたから家で休んでいたの。元気になったから今日は学校にも行ったよ。もしかして昨日ここに来たの?」


「来たけど、長くは待たずに帰ったよ。そういえば、十歳の時に風邪を引いて母親がカセットプレイヤーで音楽を聴かせてくれたんだけど、その音楽の名前はなんだったかな。曲は何となく覚えてるんだけど・・・」

「覚えているなら少し口ずさんでみて、知っていると思う。ほら早く」


サラの声は小さかったが自信に溢れていた。アフメドは恥ずかしがりながらも覚えている限り旋律を口ずさんでみた。すぐに「フォーレよ、シシリエンヌね」とサラは言った。

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