小さな勇気とラッキースター
湊咍人
その日、星を見た
その白磁のように滑らかで繊細な指は、ずっと手すりから離れることはなかった。
なんの力みもなく閉じられた瞼と、慎重な、それでいて迷いのない足取り。こちらを真っ直ぐに向いているようで、僅かに右に逸れた端正な顔。
認めよう。僕は彼女を不謹慎にも美しいと思った。
両腕を失ったミロのヴィーナスのように、彼女はその不完全性によって完成されていた。
苔生した小さな社に倒れ伏したかのような静謐さと、晩年の大樹が取り零した陽光のような温かみ。
手を伸ばすのも烏滸がましい美を湛えた繊細さと、去り際に裾を掴む子供の手を思わせる寂寥。
それら全てに僕は打ち砕かれて、静かに涙を流した。
◇
踏み出す先を選びきれないまま彷徨っていた僕の足は、呼び止める彼女の声で一時的な休息を得た。
金網越し。僕らは互いの傷を嘗め合うように語り合った。
「───という訳なんだ」
「......そうですか、ご両親が───」
彼女の名前を知った。病名を知った。
先天性であり、適合者からの移植待ちであることを知った。
「今日は、星が見れると聞いたんです」
「───でも、君には」
「見えなくても、星はそこにあるんですよ。それに、あなたに会えました」
そんな風に微笑む彼女に掛けるべき言葉を、僕は持ち合わせていなかった。
そして、僕がやることも変わらなかった。
そんな考えも、彼女にはお見通しであった。
「───行くのですか?」
「......うん」
「私では、あなたを止められません」
「......うん」
彼女は最期に、僕へささやかな呪いをかけた。
「だけど、私はあなたを忘れません」
「───それは、困るなあ」
だから、僕も彼女にお呪いをかけることにした。
「なら、星を見るときだけ。
その時だけは、僕を思い出してもいいよ」
「いじわる」
拗ねたようにそっぽを向く彼女。星になった僕。
閉じられた瞼から零れた涙は赤く照らされ、けたたましく鳴り響くサイレンに震え、彼女のそれより一回り大きな靴を濡らした。
◇
「星が綺麗ですね」
小さな勇気とラッキースター 湊咍人 @nukegara5111
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