小さな勇気とラッキースター

湊咍人

その日、星を見た

 その白磁のように滑らかで繊細な指は、ずっと手すりから離れることはなかった。

 なんの力みもなく閉じられた瞼と、慎重な、それでいて迷いのない足取り。こちらを真っ直ぐに向いているようで、僅かに右に逸れた端正な顔。


 認めよう。僕は彼女を不謹慎にも美しいと思った。

 両腕を失ったミロのヴィーナスのように、彼女はその不完全性によって完成されていた。


 苔生した小さな社に倒れ伏したかのような静謐さと、晩年の大樹が取り零した陽光のような温かみ。

 手を伸ばすのも烏滸がましい美を湛えた繊細さと、去り際に裾を掴む子供の手を思わせる寂寥。


 それら全てに僕は打ち砕かれて、静かに涙を流した。



 踏み出す先を選びきれないまま彷徨っていた僕の足は、呼び止める彼女の声で一時的な休息を得た。

 金網越し。僕らは互いの傷を嘗め合うように語り合った。


「───という訳なんだ」

「......そうですか、ご両親が───」


 彼女の名前を知った。病名を知った。

 先天性であり、適合者からの移植待ちであることを知った。

 

「今日は、星が見れると聞いたんです」

「───でも、君には」

「見えなくても、星はそこにあるんですよ。それに、あなたに会えました」


 そんな風に微笑む彼女に掛けるべき言葉を、僕は持ち合わせていなかった。

 そして、僕がやることも変わらなかった。

 そんな考えも、彼女にはお見通しであった。


「───行くのですか?」

「......うん」

「私では、あなたを止められません」

「......うん」


 彼女は最期に、僕へささやかな呪いをかけた。


「だけど、私はあなたを忘れません」

「───それは、困るなあ」


 だから、僕も彼女にお呪いをかけることにした。


「なら、星を見るときだけ。

 その時だけは、僕を思い出してもいいよ」

「いじわる」


 拗ねたようにそっぽを向く彼女。星になった僕。

 閉じられた瞼から零れた涙は赤く照らされ、けたたましく鳴り響くサイレンに震え、彼女のそれより一回り大きな靴を濡らした。





「星が綺麗ですね」

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小さな勇気とラッキースター 湊咍人 @nukegara5111

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