第5話 ヴァンパイアと館長

 魔王城を目指し死の森を進む轟と一撃會館の門弟。

 森の中をしばらく進むと、全身黒いドレスの美女が現れる。


「こんにちは、一撃會館の皆さん! 魔王様からあなたたちをもてなすように命じられたマリーシュカと申します!」


 女は気品あふれる金髪美女で轟はその美しさに見とれていたが、門弟たちは『マリーシュカ』という名前を聞いた瞬間にガタガタ震える。


「おめぇらどうした? このねぇちゃんがもてなしてくれるっていってるんだから、もっと愛想よくしねぇか!」


「か、館長、マリーシュカは魔王軍幹部のヴァンパイアですよ……」


「ヴァンパイア? あの全部剃っている奴のことか?」


「え? 何言っているんですか? 吸血鬼ってことですよ!」


 門弟が、轟にマリーシュカのことを説明していたその瞬間、マリーシュカの目は真っ赤一色になり、口も耳まで裂け、歯はまるで肉食獣のようになるのであった。


「ヤバいですよ館長! 全員喰われますよ!」

「バカ野郎! 入り口で勧められたお嬢ちゃんと実際に部屋に入ってくるお嬢ちゃんがまったく別人なんてことは俺の世界でもよくあったことだうろたえるんじゃねぇよ!」

「え、なんの話ですか?」


 門弟たちはマリーシュカの本来の姿に動揺するが、轟はマリーシュカに近づき、構えを取る。


「あら、構えただけで打ってこないのかしら?」

 

 マリーシュカの前で構えを取ったまま動かない、轟。

 しかし、次の瞬間、マリーシュカは尻もちをついていることに気づいた。


「あら、なんで尻もちをついているのかしら……」


「そりゃおめぇ、俺の突きを喰らったからに決まってるだろ!」


 マリーシュカはびっくりした。

 目の前の轟は動いていないように見えたからである。


「おい、今の館長の突き、見たか?」

「ああ、肩を動かさず、腕の伸縮だけで放った突きだ!」


 轟は肩を一切動かさず突きを放ったことで、マリーシュカは気づかないうちに突きを受けて尻もちをついていたのであった。


「ヴァンパイアとか言ったな? お前さんは自分の生まれ持った能力に頼り過ぎだ!  

 武道っつうのは、才能だけじゃ開花しねぇのよ!」


 轟は尻もちをついてキョトンとしているマリーシュカに回し蹴りを喰らわせ吹っ飛ばす。


「おい、ねぇちゃん、俺をイカせるにはもっと激しくしてくんねぇと、あっさり終わっちまうぜ!」


「このイカれた転移者め!」


 マリーシュカは怒りに任せて轟に襲い掛かるが、またもや轟の突きに尻もちをついてしまい、立ち上がろうとしたところに上段蹴りを受けて、今度は立てなくなる。


「よう、ねぇちゃん、才能だけに頼った戦い方じゃ限界があるぜ! 武の神様ってのは一気に強くはしてくんねぇのよ。毎日コツコツ稽古した奴にしか微笑んでくれねぇのが、武の神様ってやつなんだ。あんたも俺の下で強くならねぇか?」


「わ、私があんたたちと一緒に? こんな見た目でもいいのかい?」


「おうよ! ちょっとメイクに張り切り過ぎたお嬢ちゃんって感じで、可愛いもんよ! なあ、お前ら!」


「お、押忍……」


(え、ヴァンパイア仲間に入れるのかよ……)


 門弟の中には不安を覚える者いたが、一撃會館は同じ道着を着たら、皆、兄弟。


 門弟たちも轟の言うことに最後は納得するのであった。


「さあ、ねぇちゃん、この道着を着な! あと、ここにいるのはみんな兄弟子だ! 兄弟子には生意気口叩くんじゃねぇぞ!」


「はい、お兄さんたちお願いします!」


「はいじゃねぇ! 押忍だ! わかったなねぇちゃん!」


「押忍!」


 こうして魔王軍幹部であったマリーシュカを仲間にした轟は魔王城を目指して、死の森を更に奥へと進んでいくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る