【童話】王子様探し

お小遣い月3万

王子様探し

 森の奥の小さな洞穴の中で、ハツカネズミの夫婦はこっそりと生活していた。

 二人はずっと夫婦だった。

 ホントに昔からずっと夫婦だった。

 夫のマサオが生まれてきた時には彼女がすでに生まれていて、……その時からすでに二人は夫婦だった。

 そんなのおかしいよ、と他のネズミから言われたことがあるけど、ホントに二人は生まれてきた時から、すでに夫婦だったんだ。

 イイ思いでも、悪い思いでも全て二人一緒だった。

 だけど最近、妻のチエが眠り続けている。ホントにずっと。もう四週間近くは眠っていると思う。


 二人はずっと一緒にいたけど、仲が良かったって言うわけじゃないんだ。

 チエがまだ目覚めていた時、いつだってチエはマサオに対して怒っていたし、マサオもチエに対して怒りを感じていた。

 何が悪いのかわからないけど、二人はいつもケンカばかりしていた。ホントにいつもだ。


 マサオは食事を作り、眠っている彼女に「ご飯を食べようよ」と言ったけど彼女からの返事はなかった。

 

 チエが眠りについてからマサオは思うことがあった。

 何を思うって、チエと二人で一緒に生活をしていた時のことだ。

 あんなにケンカをしていたのに、なぜか楽しかったなぁって思うんだろう?


 チエが眠り続けている間に記憶に変化が起きたんだと思う。

 氷だって時間が経てば水になるような変化。つまり氷は元々は水で、二人が過していた時間は元々は楽しい時間で、どういうわけか固まって氷になって、マサオの心をヒンヤリと冷たい気持ちにさせていただけだった。

 それが時間が流れて水になり、元々楽しい時間だったということを教えてくれる。


 マサオは彼女を起すために色んな本を読んだ。人間が使っている医学本や眠っている人が起きる童話。

 本には色んなことが書かれている。眠っている人には『王子様のキス』がいいということも、本の中に書かれてあった。

 マサオは彼女を洞穴の中に残して王子様を探しに行くことに決めた。

 どこに王子様がいるかなんて、マサオは知らなかった。

 王子様の居場所について、本の中には書かれていなかったんだ。

 

 だから彼は行くあてもなく森の中を歩いた。


 行くあてもなく歩いているとニット帽を被ったリスがマサオの横を通りかかった。彼はそのリスに王子様の居場所を尋ねた。


「すみません。どこに行けば王子様に会えるかご存知ですか?」とマサオが言う。


 リスは不思議そうな顔をした。

「何で王子様を探しているのさ」とリスは言った。


 マサオは妻が眠っていることを話さなかった。


「王子様に助けてもらったから礼を言いたいのです」とマサオがウソを答えるとリスはバカにしたように笑って「知らないよ」と言って去って行った。

 少し失礼なリスだと思いながらも、彼はまた歩き始めた。


 次に出会ったのは世の中のことは何でも知っているカラスだった。

 もちろんマサオはカラスにもリスにしたように同じ質問をしてみた。


「すいません。王子様を探しているんですが、王子様の居場所をご存知ありませんか?」


 カラスはマサオの顔をチラっと見て「そんな奴いないよ。夢見る乙女みたいなことを言う奴だ」と彼のことを馬鹿にした。

 他の人に聞いてもリスやカラスと同様、みんな「知らない」といってマサオを馬鹿にして去って行った。

 色んな人に訊いているうちに彼は気づいた。この世に王子様なんていないってことに。


 マサオは歩きすぎて疲れた。だけど眠っている彼女のことを思うと王子様をかならず見つけてやると思った。いないはずの王子様を。


 だけど前に進むたびに、誰かに王子様の居場所を訊くたびに、なんだか悲しくなってきた。

 もう二度と彼女が起きないと思うと涙が止まらなくなって、絶望のモンスターが現れて希望を奪い去って行った。


 死んだネズミが二度と起きない事をマサオは知っていた。

 もし王子様が見つかって、チエにキスをしてもらったところで、彼女が目覚めないということも知っていた。

 

 でもマサオは歩き続けて、色んな人に王子様の住んでいる場所を尋ね回った。

 結局、歩いて辿り着いた場所はチエが眠っている洞穴だった。

 

 マサオは、そこら辺をグルッと一周して戻ってきたみたいだった。

 洞穴の中に入ると彼はベッドの上で眠っているチエを見た。

 

 マサオがなぜ、王子様を探しに行ったのか、今になって気づいた。


 ケンカばかりしていて、チエに何もしてやれなかったから、何かをしてあげたかったんだ。


 チエは生きている時、幸せだったのかなぁ。


 もう一度、王子様のキスで目覚めたら、ケンカなんかしないで、彼女を幸せにしてやりたかった。

 チエの笑顔をもっと、もっと見たかった。

 だけどチエは眠り続けている。

 マサオに残っている彼女の記憶はケンカをして怒っている表情だけだった。

 マサオは彼女の笑顔を見たかった。

 彼は眠っているチエの隣に行き、「ごめんね」と謝り続けた。

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【童話】王子様探し お小遣い月3万 @kikakutujimoto

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