老人ヒーロー
お小遣い月3万
老人ヒーロー
一般市民は知らないと思うが、ヒーローというのは忙しい職業だ。敵が現れたら、その敵を倒すためにベッドからいちいち立ち上がり、いかにもヒーローが乗りそうなオートバイで敵が現れた現場まで行く……のではなく、タクシーを使って敵が現れた現場まで行くのである。
なぜタクシーを使って行くのかというと、単純に免許を持っていないからだ。もし免許を持っていたとしても事故に合いそうなので、オートバイは使わないだろう。
老人が事故に合うと死ぬ確立はほぼ100%なのだ。
それにタクシーを使うと着替える場所が確保される。
もしタクシーで現場に行かなかったら、現場のトイレとかで着替えるはめになる。
トイレが無かったりしたら、その場で老人の生着替えが行われるはめになるのだ。
私だってそんなものをやりたくないし、通りすがりの人達だって、そんな物は見たくないだろう。だからタクシーはヒーローにとって必需品なのだ。
毎回タクシー代が馬鹿にならないから助けてあげた人にお金を出してもらう。助けたのだから、それぐらい出してもらわなくては、こっちだって馬鹿馬鹿しくてヒーローなんてやっていられない。
私は今年で84歳になる。ヒーローになって、はや三年。まだまだ新米として頑張っているつもりである。
今日もベッドの中で敵が現れるかどうか期待しながら待っている。84歳にもなると、敵を倒すことと孫と話しをする事ぐらいしか楽しみがない。
ちょうど昨日のことだ、孫が家に遊びに来て、彼女ができたということを報告してくれた。
私の孫は高校二年生で、この彼女が初めての彼女なのだそうだ。私も嬉しくて自分に彼女ができたかのように喜び、喜びすぎて孫に少し引かれたぐらいだ。まさか孫に彼女ができるなんて。
私のポケットマネーから祝杯金として一万円札を彼に差し出した。
彼は明日の日曜日にこの一万円を生かして彼女に会いに高槻まで行くと言っていた。彼女はどうやら高槻の女の子らしい。
孫の彼女の情報はそれぐらいだ。死ぬまでに、その彼女に会ってみたいものである。
孫とその彼女のことを考えながら、敵が出ると報告してくれる赤い携帯電話を見つめていた。その真っ赤な携帯電話はリンゴよりもトマトよりも赤かった。
敵が出る前に事前にヒーロー協会から電話がかかってくることになっている。何時に敵が出るので、何時までにその現場に行ってください、と。
ヒーローというのは、ヒーローであるために敵を倒さないといけない。
敵を倒すためには敵を作らないといけない。
その敵はヒーロー協会が全て用意してくれるので、私達はその敵を倒すだけだ。簡単なものだ。
私達というのはもちろん、私も含め、他のヒーローのことを言っている。Kライダーや、5レンじゃーや、アOパンマンもヒーローの中に入っている。
まぁ、子どもたちに夢を与えてヒーローとして食べているのはKライダーぐらいなものだが。
他のヒーロー達はもっと悪行をやって生活をしている。どうやって稼いでいるかというと、助けた人から金を巻き上げたり、悪の組織からドラックのような薬を奪い取り、助けた人に売りつけ、その人達がまた、ドラックが欲しくなると売りつける。お金だけじゃなく、体までも奪っているというわけだ。
まぁ、これがヒーローの世界の実情だ。そうやってヒーロー業はなりたっている。子供の夢どころではない。
私は携帯を見ながら、また孫のことを考えていた。彼女とキスはしたのだろうか? シャイな孫のことだ、まだ手もつないでいないかもしれない。そんなことを考えながら携帯電話を見つめていた。
やっぱり今日も携帯は赤い。
明日になれば青くなるかもしれない。昨日は黄色だった気がする、と思っていたら、その赤い携帯からKライダーの着うたが鳴り響いた。
『ライダーキック。ライダー』
のところで携帯をとったため『パンチ』と自分で言わないといけないはめになった。
「パンチ」
「はい?」
と電話の向こうからマヌケな声がした。
私はそのまま続けて歌った。
「カメーンライダー。カメーンライダー。ライダー、ライダー」
電話の向こうの相手は、私の歌など興味がないような様子で喋り始めた。
「今日の二時半に高石駅に敵が現れますので、二時には現場についておいてください」
と私の歌を無視して、タンタンと電話の向こうの男が言った。
寂しい老人の歌など聞いてもくれないのかと思いながら、あらかじめ枕元に用意しておいたペンと紙を手に取り、男の言葉を書き込んだ。
「高槻駅、十二時半だな」と確認のために電話の向こうの男に尋ねた。
「いえ高石駅、二時半です」と男の戸惑った声で答えた。
全然違うじゃないか! と思った。
だけど、この私が間違えるわけがない。さてはこいつが私を陥れるために本当は高槻駅十二時半なのに高石駅二時半という意味のないウソをついているだと私は考えた。
意味のないウソをつき、私を困惑させた電話の向こうの相手に腹が立った。もう一度「高槻駅、十二時半だな」と言って、そのまま電話を切った。
電話を切った直後に電話の相手との会話を忘れてしまったので、紙に書かれた『高槻駅十二時半』という文字を信じてしまった。
時計を見ると十二時になる直後だった。
私は慌ててヒーローの制服の上着だけを持って家を飛び出した。
急いで家を出たものだから、白いヨレヨレのパッチ姿にスリッパという格好だった。
もちろんヒーローになるための着替えは持って来ている。
私はそういう所はシッカリしている男なのだ。84でもまだまだいける。
そんな事を思いながら、表通りでタクシーを捕まえ、「高槻駅に急いで向かってくれ」と運転手に言った。
誰がどう見てもパッとしない運転手だった。道端に転がっている石ころのほうが、よっぽど輝いている。
「はい、わかりました」と聞き取りにくい小さな声で運転手は呟き、車は走り出した。
車が走り出すと、私は持ってきたヒーローの服に着替え始めた。
運転手の野郎は上の方についている横長い鏡で私の着替えをチラチラと覗いていた。私と鏡越しに目が合う度に運転手は目を道路に戻した。そんなにも84の体を見て楽しいのか、たしかに84にしてはいい体つきをしているけど。
そう思いながらバシバシ鏡越しに感じる視線を浴びながら着替えを行った。
上着を着たところで、私は「あっ、しまった!」と自分の失敗を呪った。
ズボンを忘れてきてしまったのだ。
こういう時は慌てず、冷静になって考える必要があった。
今、家に戻ってズボンを取りに行くと、敵が現れる十二時半には間に合わない。だとするとこの格好で戦うしかあるまい。
上は金色のいかにもヒーローらしい服だが、下はヨレヨレのパッチ。ヒーローのオーラは出ているはずだけど、下はパッチ。
まぁ、こういう日もあってもいいと思う。と大らかな気持ちで、もう一度この格好を見てみると、なんだかこの格好も逆にシブく感じられ、ありなんじゃないの、と思えた。
上は金、下はパッチ。そしてスリッパ。そう靴も忘れてきたのだ。
なんだかシブい。何度も見ているうちに強そうにも見えてきた。
敵と戦うというのにパッチ姿。なにかを持っていそうな雰囲気すらも漂わせている。
また、それがなんとも言えないシブさを演出しているのだ。
ついでのついでに仮面も武器も忘れてきてしまった。
だが私には、このシブい雰囲気がある、このシブさを持ってすれば敵は私に怖気つくはずだ。ちょろいものだ。何がちょろいのか私にも理解できない。
運転手は、まだ鏡で私の方をチラチラと見ていた。そんなにも私のことがカッコイイと思っているのだろうか? それとも私のサインがほしいのだろうか?
私は訊いてあげることにした。
「サインがほしければあげよう」
「え!」
驚いた顔を運転手がした。たぶん、私に声をかけられて嬉しくて驚いるのだろう。
「……いや」
運転手は誰がどう見ても戸惑っている様子だった。サインが欲しくても、欲しいと言えないタイプだ。シャイのアン畜生だ。なにがアン畜生なのか、私にも理解できない。
「よし、わかった。書いてやろう」と私はそう言って、上着の内ポケットからマジックを取り出した。
私はファンを大切にする男なのだ。だからマジックだけはヒーローの服のポケットにかならず入れている。
そのマジックのキャップを開け、私の横に空いている白いシートに「ヒーローマン」とカタカナでサインをしてあげた。
運転手はサインをしたことに気づかなかったらしく、何も言わなかった。
まぁいい。気づいた時に喜んでくれればそれでいいのだ。なんて心の大きな人間なのだろうか。
そうこうしている間にタクシーは高槻駅に辿り着いた。
「お客さん、高槻駅につきましたよ」と運転手が言った。「二千四百円です」とも言った。
もちろん私は金など持って来ていないので、少し待つように運転手に命令し、タクシーから降りた。タクシーを降りると、本当に高槻駅の駅前で、怪獣一匹とショッカー達が数え切れないぐらいいた。
今日はレベルが高いな、いつもなら怪獣が一匹と、雑魚キャラが数人いるだけなのに。
私は今のいる位置から、ショッカー達を見回した。まだショッカー達の人集めが終っていないらしい。人集めというのは、捕まえられる人、すなわち私が助ける人を集めるのがショッカー達の役目なのである。
ショッカー達の人集めが終わるまで、私はお茶でも飲むことにした。ショッカー達が人を集めないと、こっちは仕事にならない。だって人を助けて、助けた人から金を取るというのが私達ヒーローの仕事なのだから。もっとも、お金を集金するのはヤクザなのだが。
人が集まればショッカー達は合図を出してくれるだろう。それまでの時間、カフェでマッタリと待とう。
すぐ近くの喫茶店に行く途中、運転手の野郎が私の事を追いかけてきた。
どれだけ、私のことが好きなのだ。
「私は男に興味がない」と運転手に言ってやった。
「逃げてもらったら困るんですよ」と運転手が言ったので「お前は私の女か!」と言ってやった。逃げないで、なんて女にしか言われたことがない。
運転手はどこまでも私について来た。そうとう私のことが好きらしい。あまりにもしつこくついて来るので、こいつと一緒に喫茶店に入ることになってしまった。
私達が入った喫茶店はスターバックスという喫茶店だった。
私は難しいカタカナが並んでいるうちの一つを指差して「これをください」と言った。
運転手はその際もずっと「お金を払ってもらわないと困ります」と呟いていた。
スターバックスというのはマクドナルドと一緒で、頼んだその場でお金を払わないといけないらしい。もちろん私はお金など持っておらず、「この兄ちゃんが出してくれる」と言い、運転手にお金を出させてあげた。
運転手は「断わります」等と言っていたが、私がお金を払わず飲み物を店員から貰い、オープンテラスに行くために歩き出すと、運転手は「早く金をはらわんかい、ボケ」という顔で店員に見つめられ、シブシブ金を払っていた。
私はよくわからない、冷たくてシャリシャリした飲み物を飲んでいると店員に呼び止められた。それはどうやら他の人が注文した飲み物だったらしい。どうりで頼んでから出るのが早すぎると思った。
「お客様が飲んでいるのは他のお客様の物でして。お客様の物はこちらです」
とブサイクの女店員が普通のコーヒー牛乳っぽい飲み物を差し出して言った。
それじゃあ、これはどうすればいいんだ?と言おうとしたが「大丈夫です」と優しく微笑んであげた。
私は誰に対しても優しいのだ。それがいかに間違えてシャリシャリの飲み物を私に飲ませたブサイクな店員でも。
ブサイクな女店員を振り切り、オープンテラスに行くと、イスに腰かけ、ショッカー達を見守ることにした。ショッカー達は順調に人を集めているところだった。
捕まった者はショッカー達に囲まれ、逃げようとしているものは子供だろうが、女だろうが容赦なく殴られている様子だった。
もうそろそろだな、と思っていた頃、捕まえられている人達の中から、一人の青年がショッカーに引きずり出された。
『合図がきた』と思った瞬間、ショッカーはその男の子の首をへし折った。
『ゴッキ』
その音は、スターバックスに座っている私にさえ聞えてくるぐらい大きな音だった。
いつもこの合図を耳にするたび、私は寒気というか、もうどうしようもないくらいにイヤな気持ちになる。
なんて例えればいいのだろうか、カレーの中にゴキブリが入っていたような不愉快さだ。この世界では考えられないような異色の音を耳にすると、それぐらい不愉快になるものだ。
首の骨を折られた青年は曲らないところまで首が曲っていた。たぶん死んだのであろう。
辺りは静まりかえっていた。人がありえない出来事に遭遇した時、人は今起きている出来事について判断する、その判断のために時間が一時停止する。
そして「ギャー」という声が数秒後に聞えた。それは何秒後の出来事だったのか私にもわからない。とても短いような気もしたし、とても長いようにも思えた。そして捕まえられた人々は助けを求めた。
「よいしょ」と言って私は立ち上がった。
「なんかのパレードですかね?」とフヌケなことを運転手が私に尋ねた。
私はその言葉になぜか腹を立て「なんでお前はそんなにフヌケなんだ」という顔で運転手を見ると、運転手は帽子を脱いでいて、恥そのものと思える頭をあらわにしていた。
つまり平手で殴れば、いい音がしそうなハゲ頭だったのである。
ってことで私は運転手の頭を本気で殴った。
運転手を殴っている間にも、他のヒーロー達がショッカー達の前に現れていて、おいしいところを持っていこうとしていた。
なぁぬぅぅぅぅぅ! そうはさせるか!
っという声を出しながら私はショッカー達の群を目指して走り出した。
走ってしまうと運転手のことなどパッと忘れてしまった。一つのことに集中すると他のモノが見えなくなるタイプなのだ。なぜ、ここに他のヒーローがいるのか、そんなことしか頭になかった。
電話の時、間違って聞いてしまい、その間違いが偶然にも敵が現れるはずの時刻と場所だったのかもしれないと考えたが、その答えが正しいのか、わからなかった。
私は迷走しながら走った。後ろの方を見ると運転手らしき格好をしている男も走っていた。運転手のことなど忘れている私は、この運転手がなんの運転手であるのか、なんのために走っているのかということも忘れていた。
運転手は鬼の形相で走っている。どうやら運転手もこの町の平和を守りたいらしい。
「共にがんばろうぜ。だけどお前にはおいしいところを持っていかせんからな」と心の中で呟き、グーサインを彼に送った。
ヒーローというのはいつだってカッコ良くなくてはならない。これは私流、ヒーロー論である。
たかが運転手なんかにおいしいところを取らせぬまいと私は必死に走った。でも彼も必死に走っていた。運転手は「この野郎」等と言って走っていた。
ショッカー達の群に近づいた。近づいて気づいたのだが、このヒーロー達、知っている!
ヒーロー界では結構有名な5レンジャーではないか。有名だからなおさら、こいつ等だけにはおいしいところを持っていかれたくはない。
私がついた頃には、緑色をした奴が自己紹介を終えたところだった。ヒーローというのは戦う前に自己紹介をするものだ。
情熱をしたたり出す、レッド。
冷静でクールな、ブルー。
おちゃめでキュートな、ピンク。
陽気でユニークな、イエロー。
地球に優しく人に優しく、グリーン。
私は走って来て五人の横に並び、このノリで私も自己紹介をしようと考えた。でも災難な出来事が起こってしまった。
それはグリーンと私の自己紹介がカブッていたということだ。
『地球に優しく人に優しく』それは私のフレーズだ。この野郎。
私は戸惑ったが、自己紹介はテンポが大切だと思い、すぐに言葉を口にした。
「今日の晩ご飯は煮物で決まり。ヒーローマン」
と、意味のわからないことを言ってしまった。
今日の晩ご飯は煮物で決まり? それじゃあ、私の晩ご飯も煮物なのか、と問われたら私は答えられない。なぜなら晩ご飯を決めているのは私ではなく、妻なのだから。
それじゃあ今日の晩ご飯のメニューは妻まかせ、と言った方がよかったのではないだろうか? だが、言ったものを無しにすることはもうできまい。
私は5レンジャーに「いつでも戦えるぞ」という意味をこめてグーサインを送った。5レンジャーは「え! なにこの人?」というような目で私のことを見ていた。
もしくは「え! なにこの人? 超かっこいいんですけど。マジやばいんですけど」みたいな目だ。たぶんピンクは私に恋をしたはずだ。ピンクが私に恋をしたその時、運転手が「このクソジジィよくも殴りやがって」と言いながら私の方にやってきた。
運転手の戦う気力に感動した私は「こと、運転手」と自己紹介をするように言ってみた。
「このクソジジィよくも殴りやがって」「こと運転手」
「七人合わせて、5レンジャー&ヒーロマン&このクソジジィよくも殴りやがってこと運転手」と私がキメた。
こんな台詞を一人で大声を出して言ったものだから、タンがノドに絡まり、咳きが出て、その咳きでもタンを出すことが出来ず、「オゥエー」と三回ばかし、えずいてしまった。
5レンジャーを見ると、どうも困惑している様子だった。右を見て、左を見て、ヘルメットの下から「どうする?」などと相談している様子だ。
「大丈夫、怪獣は私にまかせろ」
と私は言った。
後の奴等はショッカー達と戦っとけばいい、この脇役共が。
そう思い私は怪獣のところまで歩いて向った。
さっき走ったせいかヒザを痛めてしまっていた。痛い、痛い、そう思いながらも怪獣のところまで向った。
向かっている途中に運転手がやってきて「早く代金を返せ。それと飲み物代も返せ」と意味のわからないことを言ってきたので、ムカついて殴ってしまった。
そしたら運転手もキレて、か弱い老人に向かって殴るという暴力行為をふるってきたのだ。
私は怒りを覚え、『後で殺してやる』と心の中で秘かに思いながら「お前の相手は私ではない。お前の相手は、この敵ではないか。正義のヒーローこのクソジジィよくも殴りやがってこと運転手よ」と言ってグーサインを出した。
彼の名前がやたらと長いので、『このクソジジィよくも殴りやがってこと運転手』を略して、『クソジジィ運転手』にしようと私は心の中で決めた。
「何を言っている。こんな幼稚なパレードに付き合っていられるか」とクソジジィ運転手が言った。
「よく、見ろ」と言って、倒れている青年を指さした。
「人が一人死んでいるじゃないか。これでもクソジジィ運転手はパレードと言えるのかね」と私が言うと、クソジジィ運転手はその青年を見つめ、顔を青くした。
「死んでる」と、ありえない所まで首が曲った青年を見てクソジジィ運転手が言った。
誰がどう見ても死んでいるのだ。
「がんばれ、正義の味方クソジジィ運転手よ。お前も今日からヒーローだ」と私は言ったのだけれど、クソジジィ運転手は走ってどこかに逃げた。
あいつなんかショッカーにやられて死ねばよかったのに!
クソジジィ運転手に対しての怒りを怪獣にぶつけてやろうと思いながら、私は怪獣のところまで向う。
周りではショッカーが「ヒィー、ヒィー」と鳴いていて、5レンジャーがうるさいショッカー達と戦っている。
怪獣の前まで来た私は、まず右ストレートを怪獣にぶつけた。
怪獣の姿はネコが百万年間生きたような姿をして、いかにも触ったら病気がうつりそうだった。
「グッハ」と怪獣が言う。
「お久しぶりです。たしかヒーローマンですよね」と怪獣が小声で私に話しかけてきた。
いつか忘れたが、この怪獣と戦ったことがあるのだろう。右の次は、左ストレートが炸裂。
「グッハ」とまた怪獣。
怪獣という生き物は、ヤられ上手な生き物だ。
「僕のこと覚えてます?」と怪獣が尋ねてきた。
「知らん」
次はキック、キック。あぁ、もうヒザが痛い。
「はやく、倒れろよ」
「僕のこと覚えてません? もう、ヒーローマンとお仕事させてもらうの、これで四回目ですよ」と言いながら怪獣が倒れていく。
「知らん」と言って、怪獣の上に乗り、パンチの連打。ストレス解消。
「あれ? 今日、マスク忘れたんですか? ズボンも忘れている」とやられながら怪獣が言った。
「ついでに武器も忘れた」と私が言うと「オッチョコチョッコイですね」と怪獣が笑った。
「武器を忘れるヒーローなんて見たことがないですよ」
この怪獣はどうやらお喋りらしい。
「今日は5レンジャーと一緒なんですか? 珍しいですね」
「あぁ、今日来てみたら5レンジャーがいたんだよ」
そんなことを言いながらも連打は止まらない。
「なんかの手違えなんですかね。あ、さっきの運転手みたいな人もヒーローなんですか?」
「知らん」
「そうですか。どうでもいいですけどね」と言いながらも、私に殴られて痛そうな顔をしている。
「いつも思うんですけど、初めに人を一人殺すじゃないですか。あれなんとかならないですかね」と怪獣が言った。
私と怪獣は首がありえない所まで曲っている青年をチラッとだけ見た。
私も人が殺されるのはイヤだ。
「そんなの私に言われても、全部決めているのはヒーロー協会なんだから、ヒーロー協会に言ってみろよ」
「ヒーローマンだって知ってるじゃないですか。誰もヒーロー協会にたてつけないことぐらい」と怪獣は言ってため息をついた。
「それじゃあ、怪獣をやめたらいいじゃないか」と私が言うと「怪獣をやめたいんですけど、この見映えでしょう、どこも雇ってもらえないんですよ」と彼は言った。
怪獣というのは可哀相な奴等の集まりだ。
「あぁ、しんどい」そう私が言うと、怪獣が気をきかせて「もう、終わりにしましょうか」と言ってくれた。
「おぅ」と私が言うと、怪獣が喚きだした。
「ウォーォ。オ。エィオ」かなり大きな声だ。テレビの音量MAX状態の比ではない。
「ち、ちくしょう、や、やられた」と言って、そのまま怪獣は死んだフリをした。
「おぉ、あのジジィが怪獣を倒したぞ」等を捕まえられた人達は言って喜んでいた。
私は捕まえられた人に手を上げ「もう、大丈夫だからな」と言ってやった。
ショッカー達はタイミングを見計らって「覚えとけよ」等の捨て台詞と共に、その場から立ち去った。
たぶん電車で帰るのであろう。
怪獣はショッカー五人に背負われて帰った。
解放された人々は私に「ありがとう」等の礼を口にしていた。またこれが快感なのだ。これがあるから正義のヒーローはやめられない。
でも、ここからがヒーローの仕事だ。捕まえられた人の住所を聞き出さないといけない。
「ありがとうございます」と捕まえられていた人の一人が私のところにやって来て言った。
歳は五十歳ぐらいの小さなオッサンだ。もっとも私の年下だが。
「いえ、たいしたことありませんよ」と私が言う。
5レンジャーのところにも人が集まっている。例のように住所を聞き出しているようだ。
「恩返しがしたいんですが」とその男が私に言った。
「私の家、うどん屋を経営していまして、食べに来てくださったら、いつでもタダにしますんで」
「住所を教えてくれたら、いつでも恩ぐらい取り立てに行きますよ」と言って笑ったら、小さなオッサンはペンと紙を茶色いカバンから取り出して、自分の住所を書きこんだ。
「私の家はここなんで、いつでも食べに来てください」
いつもなら紙とペンを持ち歩いているのだが、今日は紙とペンも忘れていた。ラッキーである。私はこの小さなオッサンから紙とペンを貰うことにした。
六人もいれば住所を聞き出すのに、時間はそんなにかからなかった。
あと一人だ。あと一人、首が曲っている青年の隣で泣いている女に住所を聞けば、ヒーローの仕事は終わりだ。
私は彼女に近づいていき、言葉を選んで、「彼氏ですか?」と尋ねた。
「はい」と泣きながら彼女が答えた。
あぁ、こんな子に住所を聞くのは気が引ける。
私はそう思い、女の顔を覗きこんだ。髪が邪魔して顔が見えない。
死んでしまった可哀相な彼氏の顔を見ようと思い、私は死んでいる彼氏の方に目をやった。
なんて可哀相な奴なんだ。人を怖がらすためだけに殺されるなんて。
その顔を見ると知っている顔だった。
彼女に会いに行った私の孫だったのだ。
私はもう一度彼女の顔を見た。
ふむ、そこそこ可愛いじゃないか、こいつもイイ女を捕まえたものだ。
次に孫が私の家に遊びに来た時、お小遣いをあげようと思った。ヒーローの仕事で稼いだお金で。
私は死んでいる孫を見ながらそんなことを考えていた。
老人ヒーロー お小遣い月3万 @kikakutujimoto
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