【短編ホラー】赫い人

@roukodama

プロローグ

 兄が失踪したのは、今から十五年前。私が大学受験を目前に控えていた冬のことだ。


 その日もいつものように、朝の五時に目覚まし時計が鳴った。受験まであと二ヶ月。先日の模試でB判定を取ってしまった私に、のんびり寝ている余裕などない。小さくため息をつき、うるさいアラームを止める。


 ベッドから出て、顔も洗わず机に向かった。朝食前に、二時間の“朝勉”をしなければらならない。椅子にかけられた赤い半纏はんてんをはおり、教科書を開く。


「あ、時間はからなきゃ」


 自習でも、時間を決めて勉強した方が成果が出やすい。先日塾の先生にそう言われた。制限時間の決まっているテストの練習にもなるからと。


 机の上の充電器から携帯電話を抜き、タイマーの画面を立ち上げようとしたときだ。画面上部で、メールのアイコンが点滅しているのに気づいた。


 眠っている間に届いていたようだ。


 クラスメイトの誰かが、勉強の愚痴でも書いてよこしたのか。あるいは、出会い系の迷惑メールかもしれない。


 いずれにしても、これから勉強をはじめる早朝に見て、気分のいいものではない。それに、返信が必要なものだったら面倒だ。


 私はそして、メールボックスを開かないままタイマーをセットし、勉強を始めたのだった。


 いま思えば、あのときにメールを読んでいれば、何かが違っていたのかもしれない。


 しかし、そんなことはない、とやはり思う。


 兄はその日、失踪した。

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