第46話 ~真~
「……家宅捜索だと?」
突然の事態に戸惑うマリウス。すると兵達の後ろから、高貴なオーラを纏った人物が姿を現した。
「ジョシュア殿下」
「マリウス・ハミルトン医師。ある者の自白により、貴方に少女の売買に関与した容疑がかかっている」
「少女……売買?」
全く身に覚えのない話に、マリウスはただ繰り返すことしか出来ない。
ジョシュア皇子はマリウスの表情を慎重に探った後、同じく後ろで困惑する看護師達へ問う。
「今日の入院患者は何人だ?動かせない子供は居るか?」
「……5人です。皆回復期にありますので、移動は可能です」
頷くと、皇子は兵へ向き直る。
「病院側は入院中の子供達が居る為、不安を与えないよう静かに捜索しろ。孤児院側は留守の為気を配る必要はないが、荒らした物は必ず元に戻せ」
「はっ」
「子供のケアをする看護師だけ残し、後のスタッフは全員捜索が終わるまで、兵の監視下に置く。これより一切の私語、また勝手な行動を禁ずる」
事態を飲み込めぬまま、マリウスとスタッフらは一部屋に集められ見張りを置かれた。
ある者の証言……少女の売買……
落ち着いてきた頭で、マリウスは考える。
何かが、誰かが自分を陥れようとしているのは間違いない。
自分に恨みがある人物と言えば、真っ先に思い浮かぶのが弟のランドルフだが……
アーシャを手にし落ち着いていると思われていた今、何故このタイミングで?
公共事業は皇室が認定した特別な事業である為、その責任は一介の医師だった頃とは比べ物にならぬ程重い。
もし何か問題が発生すれば、皇室の名誉を傷付ける重罪になるからだ。
罪の程度にもよるが、万一子供を守るべき立場の院長が少女を売買していたとなれば、厳しい処分はまぬがれないだろう。
医師免許剥奪だけでなく、拷問の上懲役刑、あるいは国外追放もあり得るかもしれない。
そうなればハミルトン家も無事では済まされず、最悪ランドルフの爵位も剥奪される可能性が。いわば共倒れだ。
……アイツは攻撃的に見えて冷静な男だ。感情に任せて、そこまで愚かなことをするとは思えない。
ランドルフの他に誰か……公共事業に認定されたことを快く思わない人物……必死に考えを巡らせると、ある人物に思い当たった。
……アーシャの父親。
違法な娼館で少女の身体を売っていたあの男。売買という点でも結び付く。
だが何の権力もない平民が、皇女であるミュゼットにあれだけ脅されて、再び楯突く気になるだろうか。
折角逃れていた自分の罪を明るみにしてまで。
……なんの権力もない?
違う。
娼館を摘発しようとミュゼットが動いていた時、あの男の店だけが証拠不十分で罰せなかった。
背後にあったと思われる何かしらの権力が、今こうして忘れた頃に自分を陥れようとしているのだとしたら。
「……殿下!……が、……に」
突如、部屋の外が騒がしくなる。
暫くすると、ジョシュア皇子が一冊のノートを手に部屋へ入って来た。
「マリウス・ハミルトン。これに見覚えはあるか?」
首を傾げるマリウスに、皇子はノートを開いて見せた。
「これは……?」
何の変哲もないノートには、日付と女性と思われる名、そして謎の数字がズラリと書き連ねてある。
「薬草庫にあったんだな?」
皇子の問いに兵が答える。
「はい。薬草の在庫や、調合方法が記されているノートと共に棚に置いてありました」
マリウスだけでなく、看護師や他の医師達も首をひねる。
「……本当に誰も知らないんだな」
皆一斉に頷く。
「薬草庫はいつも施錠されているのか」
「はい。危険な薬草もありますので、必要な時だけ解錠し出入りしております。出入りした者と時間、また使った薬草とその残量も、安全の為に都度記録しています」
「鍵は何処に?」
「病院の金庫で管理しています。金庫の開け方は医師と看護師しか知りません」
「……ということは、これを薬草庫に置けるのは、医師か看護師しか居ないということだな」
ジョシュア皇子はノートをパンと叩き、一人一人の顔を凝視する。
「これから一人ずつ取り調べを行う。至急スタッフ全員の身元を調べろ」
「はっ」
ただならぬ事態に手を取り震える看護師に、青ざめる医師達。
大丈夫──ここに居るのは皆信頼出来るスタッフばかりだ。自分がしっかりしなくては。
マリウスはスタッフを安心させる様に、堂々と胸を張ってみせた。
「……まさかハミルトン医師を取り調べることになろうとは」
ジョシュア皇子は厳しい顔でマリウスの前に座る。
そして、テーブルに二冊のノートを開き並べた。
「こちらが先程薬草庫で見つかったノート、そしてこちらはある者が自白と共に差し出したノートだ。見比べてみろ」
開かれたページには、どちらも同じ日付に同じ名前が並んでいる。
「これは少女の売買記録だ。この暗号の様な数字は金額だな。売った日付と買った日付が見事に一致している。一人の名も漏らさず、まるで作り物の様に完璧に」
はっと顔を上げたマリウスに、ジョシュア皇子は頷く。
「此処に勤めているのは古くからのスタッフか?」
「はい。あと……」
言いにくそうな顔をするマリウス。
「私が手配した医師と看護師達だな?何かあれば、私にも責めがある」
「いえ、皆信頼出来るスタッフばかりです。ただ……」
「この女だな」
皇子は一枚の身上書を取り出す。
「ほんの数日前に辞めた看護師。急に雇って欲しいとやって来て、僅か二週間しか居なかったとか」
「はい。故郷の家族が危篤だと、急に飛び出して行きました。手技と知識から、看護師免許を持っていることは間違いと思います」
「そうか……調べてみるが、多かれ少なかれ身元は詐称している可能性があるな」
「申し訳ありません。病気の家族を安心させたいと泣いていた姿は嘘には見えませんでしたが……試用期間とはいえ、よく調べもせず雇ってしまった私の責任です」
「いや……」
きっと、慈悲深いハミルトン医師の性格を知っている者の仕業だろう。
ジョシュア皇子は眉をひそめる。
「その看護師は薬草庫に入ったか?」
「まだ慣れないので、他の看護師と一緒になら数回入ったことがあります」
「……分かった」
皇子はすっと立ち上がる。
「スタッフ達と貴方の証言に相違がないことは確かだ。……調査が終了するまで、病院関係者は此処に軟禁させて頂く。また、外来入院共に新たな患者の受け入れを禁ずる」
「畏まりました」
「捜査に支障をきたす為、現段階では自白した者の情報は教えられない。……皇子として公平な調査をしたいと思っている」
「……よろしくお願い致します」
マリウスは立ち上がり、丁寧に礼をした。
「ジョシュア殿下」
部屋を出ようと背中を向けた皇子を、マリウスは呼び止める。
「孤児院の子供達を、此処から離して下さりありがとうございました。テレサとミュゼットも……」
ジョシュア皇子から受けた別荘への招待。あまりに突然で驚いたが、長期旅行などしたことがない子供達はもちろん、目が治ってから初めて遠出するミュゼットは大喜びだった。
恐らく家宅捜索をする上での、皇子の配慮だったのだろう。
こんな所を子供達やミュゼットらに見られなくて良かった。本当に良かった。
身体を震わせるマリウスへ近付き、皇子は肩に優しく手を置いた。
「貴方は私が信頼し、推薦した医師だ。貴方の処分には、ヘイル国の子供達の未来が掛かっている。責任を持って、必ず真相を突き止めよう」
ランドルフは一人、ある部屋の前へ立つ。
屋敷の北の突き当たりにあるそこは、陽があまり当たらず一年中ひやりとする。
ドアノブに手を掛けようとするも、バチッと魔力に阻まれる。
父が呪術師に頼み厳重に封印したその部屋は、父亡き今となっては誰も開けることが出来ない。
アーシャの首に手を掛けたあの時──
頭に甦った映像。
それは幼い日、母が嫉妬と愛憎に燃える目で、この部屋を睨み付けていた記憶だった。
マリウスの母、亡きマリエの部屋の前で。
この部屋を開けることが出来れば、あの悪夢から解放される。漠然とそんな気がしていた。
表に馬車の音が聞こえる。
……女医が到着したか。
ランドルフは部屋の扉を一瞥すると、寝室へと踵を返した。
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