ステージ3
雨が降っていた。
雨は嫌いだ。散歩が出来なくなるから。
雨が降るのもヒューマニズムのせいである。
どれもこれもそいつのせいだ。大半のやつらが幸せになり、残ったやつらをみんなよってたかって、いじめる。
そして残ったやつらは人知れず涙を流す。これが雨というわけだ。
カフェインとアルコールを混ぜて飲むとハイパーな状態にしてくれる。まさに最強装備。これで蔓延るやつらを蹂躙し尽くすのだ。
ピンポーンという音がした。
宅配便ではないな、カフェインもアルコールもまだ注文していない。なんだろう、押し売りだろうか。
押し売りだったら嫌だが、アイデアの為だ。例えば、繁華街ではしつこい押し売りがいる。主婦はそれを避けようとするのだが、足を挫いてしまう。そして押し売りに追いつかれて、車道へと押し出される。そこにワゴン車が向かってくる、ということだ。
ドアチェーンはつけたまま、恐る恐る開くと、そこには知らない顔があった。えっとどちら様ですか?
「むだんけっきん、しんちょくおくれ、ちょうかいかいこ」
呪文のようであった。
何を言っているのかが分からない。日本語なんだとは思う。
でていけでていけ、と繰り返しざわめく顔。おれはその顔を轢いた覚えがない。
ヒューマニズムはよってたかっていじめる。これもそのうちの一つということだろう。正しいからって何をしてもいいのか。
ごめんなさい、ごめんなさいというしかない。ドアを閉めてロックをかけた。
ドンドンと音がする。頭がガンガンする。
こわい、こわい、こわい。
机に向かって走る。
鏡を見ると、顔が映っていた。そいつを轢いたことはない。
「どなた?」
だんまりだった。
「だれだって、いってる!!」
しばらくすると、音は消えていた。
これで作業に集中できる。
どこから始めるのだったか、ええと、ええと。飲みかけのカンカンがあったので、その中身を口に含む。
画面を見てみると、子供が車道に出ていて、車が向かってきているようだ。
えっと、これをどうするのかというと、確か、そう、こらしめるのだ。ヒューマニズムに毒されている子供を改善するという内容だ。
どうやって?
ああ、そう、散歩、散歩だった。
目の前に顔があったので「お前は誰だ?」と呼びかけてみる。何も答えてくれないが、表情は明るそうなので、おそらくは正しいのだろう。
夕焼けで真っ赤に染まった自分の部屋があった。
もうこんな時間か。
ぶらぶらしつつも、車や人の動きを観察する。
多くの車が飛び交っている。この内のどれくらいが、今後事故を起こすのだろうか。
多くの人が飛び交っている。その中には顔なじみの人も何人かいた。
おれはその一人に「おはようございます」と挨拶した。相手は戸惑っていたようだが言葉を返してくれた。
姿を見れば見るほど「この人は結構キツかったな」と感慨深い気持ちになる。
何秒かすると、相手はぎこちない笑顔を浮かべ、会釈をして去っていった。
にこにこしながら街を歩く。
普段とは違う時に歩いているからか、いつもの街が全然違って見えた。
たったそれだけのことで、おれはかつてなく楽しかった。
お天道様が世を照らしているからだ。
そうだ、この世で信じられるのは、アルコールとカフェイン、思い込み、そしてお天道様なのだ。
「みつけたぞ!」
突然、首をつかまれた。
知らない顔、こわい顔。そう、まるで風紀委員のような――
思い出した。
こいつは会社の上司だ。
「おまえはくぴだ、あそこからさっさとでてけ」
何を言っているかは分からない。
が、ろくなことは言っていない。あいつの言うことは常にろくでもない。
身体が強烈に重くなる。
視界がくらくらする。
くそ、呪いにかけられたのだ。ヒューマニズムお得意の呪いだ。
「なんだそのかおは」
臭い息吐きかけんな。
おれは思い切り手を払う。
すると、そいつはおっとっと、とよろめいた。段差に足を取られて、尻餅をついたのは車道だった。
そこに向かってくる乗用車。
こうして、おれは生で人が撥ね飛ばされるのを見た。音も臭いも色彩も覚えた。アイデアが山のように浮かんできた。
これなら間に合う。これならどうにかなる。
しかし、おれとは関係ないところで、少しずつ時間が進んでいたらしい。
おれの視界が真っ赤に染まる。赤い光が周囲に満ちている。お天道様じゃない。この光。
誰かが、ヒューマニズムが、呼んだんだ。
ここにいてはいけない。
おれには仕事があるんだ。締切だってあと二日しかないんだぞ。
なんでみんなおれをいじめるんだ。
ああ、あいつら、あいつらもそう。
苦労して映像を作ってやってるのに、全然いたわってくれない。その割には急かしてくる。自分でやる度胸もない腰抜けどもが。
なんだよ、ヒューマニズムから助けているのはおれなのに。世界にはおれ以外まともなやつはいないのか。
頭を抱える。恐らくだがヒビが入っている。じっとしていないと、中身が漏れ出してしまうぞ。
おちつくんだ。おちつけ。
おちつけ。おちつけ。おちつけ。
おちつけおちつけおちつけおちつけおちつけおちつけおちつけおちつけ
逃げないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます