ステージ2
朝の散歩に出かけると、お天道様がお出迎えしてくれた。
こんなことしている暇なんてない。ただ、ずっと机とにらめっこするのも精神的によくない。歩いていればアイデアが浮かぶこともある。
リアルの追求には音も必要である。
巷に
親子連れが会話をしている。
「これがいいの?」
「だっ」
「じゃあ、もこもこのにする?」
「だっ」
「わかった」
そうか、もこもこもいいなあ。
轢かれた瞬間に赤黒いもこもこした綿が腹から勢いよく飛び出す。風船と紙吹雪も豪勢につけてやって。そこにクラッカーの音がパンパンと鳴り響く。
そうすればもっと多くの人が人轢きへの関心を持ってくれるかもしれない。
電話が鳴った。相手は会社の上司だった。
そいつはヒューマニズムの権化みたいなやつで、要するに道徳的な、学級委員みたいなやつだ。学級委員というより、風紀委員に近いが、とにかく最初から気に入らなかった。
まあ、こんな時間にかけてくるんだから、アイツも暇なんだろうな。おれは忙しいのに。普段なら出ることはないが、アイデアの為だ。
やつは「もしもし」も終わらないのに、怒声を浴びせかけてきた。無断欠勤がどうだの、進捗が遅れているだの、クビがどうだのと。
もう少しまとめてから相談してくれ、とだけ言い返して電話を切った。何度も何度もかけ直すものだから、遂に
あいつをおもいっきり轢けたら気分いいだろうになあ。
コンビニに立ち寄ると、有り金すべてでアルコールを買えるだけ買った。
アルコールもまた信じられるものだ。カフェインとは磁石のS極とN極のようなもので、その効果は歴史が証明している。
ともにヒューマニズムの除草剤として、多くを打ち砕いてきた。
磁石と違うのは、こいつらは足し合わせても、打ち消しあうことなく、マックスになるということだ。
まさにハイパーな状態にしてくれる。
期限は残り二日。
何としてでも終わらせなくてはならない。
公園のブランコに揺られて、作戦会議をする。
子供達がかけっこしている。キャーキャーという声が頭の中に反響する。うるさいな。おれは手を払う。
会議中は私語を慎めと言われなかったのか?
「はい、寝ずにいれば、一時間は余裕が出る見通しです」
「それは少し大変そうだな、本当に大丈夫なのか?」
「今までの経験では三日はもつかと」
おれは承認欄にハンコを押す。
家に帰ると、夕焼けで真っ赤に染まった自分の部屋があった。
もうこんな時間か。
子供はほんわか笑顔を浮かべている。小憎たらしい顔だ。ぶーぶー鳴いてそうな顔だ。
そいつの顔にモザイク加工をかけてやる。人間っぽくない愛嬌のある顔になった。いいぞ、この作業は楽しいかもしれない。
他のやつにも試そうとしたが、そこで本来の内容を思い出す。
そうだった、おれはこいつを轢かなくてはならないんだった。実際に人を轢ければ楽なのに。
映像は、子供がちょうど道を踏み外すところで終わっている。
アルコールをあおる。アルコールを腹がいっぱいになるまで含むと、何もしてないのに、モザイクがかかったように見えた。
世界はこんなに美しいものだったのだ。みんなが見ている、ヒューマニズムに満ちた世界。
おれは鏡を見る。そいつも嬉しそうな顔をしている。
おお坊や、かわいそうな坊やぁ……おじさんのために潰れたウシガエルになってくれぇ……
少しずつ時間を進めていく。悲劇的瞬間が近づく。
子供は呆気に取られて、目前に来る鉄の塊を見つめている。
おれは学級委員と仲が良かったことがある。本当は友達よりも進んだ段階になりたかったのに、彼女はなかなか告白してくれなかった。
奥手だなあと思っていた。付き合ったら少しずつ改善させようと思っていた。
気付いたら、卒業式になっていた。慌てて第二ボタンを取り出して、いざ教室に向かうと、彼女は他人と手をつないでいた。
問い詰めようとしたのに、あろうことか、こんなことを言い出したのだ。
私達のこと、応援してね――
次に意識が戻った時は、時計は五時を指していた。
鏡を見ると、顔が映っていた。
「お前は誰だ?」
相手はだんまりだった。いつもこうなのだ。いつも、いつも、いつも。
「なんか言い返せや」
頭が痛い。こんな時は万能薬に限る。
顔を苦悶に歪め、呼吸を荒くする。その後、震える手で個包装のラムネを二十粒ほど取り出して、口いっぱいに頬張る。
すると、症状はキレイに消える。
薬なんてものは随分前から信じていない。そんなものより思い込みの方がよっぽど使える。
直らなかったら?
そん時は、倒れるだけだ。
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