幕間:不可解な事柄

~アーガイルの葬儀の翌日~



 アーガイルの父は胸の奥から湧き上がる疑念を拭いきることができなかった。


 ──なぜ息子は身分証が必要だったのか?


 シルディア城の発行窓口の人間は疑問に思わなかったようだったが、不可解なことだった。

 そもそも勇者は王の下命かめいにより魔王討伐に動くもので、元より通行証など不要なはずだった。


 アーガイルの父は首を捻った。

 勇者は通行などに関わる都市間合意の権限を有している。それ以外に身分証が必要なのは個人間の契約などに限られる。

 捜査官としての勘が、アーガイルが何かに巻きまれた可能性を嗅ぎつけようとしていた。


 ──息子は優しい心を持った人間だ。


 その善性を利用されたとしても不思議ではない。では、誰が何のために?

 それが彼の仮説を打ち砕く。


 シルディア警護局の一室で、アーガイルの父は地図を広げていた。デスクのそばで椅子に座り、じっと平面図を見つめた。


 アーガイルの遺体が見つかったのは、ちょうどシルディア軍の進軍限界ラインにあたる、北の山の玄関口である丘陵地帯だ。そのラインより北は魔物たちの凶暴性も増し、軍であろうともおいそれと進むことはできない。

 その丘陵地帯の南から西に向かうと、ホロヴィッツの街がある。


 ──確か、この街には竜退治の槍ドラゴンスレイヤーを作る鍛冶屋がいたはずだ。


 北の山を越えた峠は黒竜の巣がある。アーガイルの父は考えを推し進めた。

 アーガイルはホロヴィッツの街で竜退治の槍を手に入れ、北の山の先の峠越えを画策していたのかもしれない。その竜退治の槍を手に入れるために身分証を必要としていた?


 アーガイルの父はそこまで考えて目頭をんだ。


 シルディアから外に出て調査を行うにしても、王の許可が下りなければならない。そして、仮にそれが下りるとしても、時間を要するはずだった。


 ──それでも……、


 彼は立ち上がる。

 息子の生きた軌跡きせき辿たどらなければならない。その瞳は強い光をたたえていた。

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