4:気づいたら殺ってました。

 俺は透明化の指輪の恩恵を受けながら旅立つ故郷を目に焼きつけようとしていた。俺の葬儀が終わった街はに服していて、どうやら俺の死は俺が思っている以上に大事おおごとだったんだと気づかされる。


「アーガイルが死ぬなんて、あり得ない!」


 スカーレットがうちの家の居間で泣いている。仕方なくついて来たシリウスと共に、姿を消したままその様子を見ていた。

 憔悴しょうすいしきった父は彼女の言葉に驚きつつも、なにやら思うところがあるようだった。


「あいつは城を出ていく前に身分証を発行していたらしい。魔王を倒すのには必要がないのに。何かに巻き込まれた可能性がある」


 シリウスが俺を小突いて「余計なことを」と口の動きで伝えてきた。身分証はお前の上司である魔王に持って来いと言われただけだ、と目で訴える。

 家の二階からロゼッタの号泣とそれをなぐさめる母の声がくぐもって聞こえてくる。


 ああ、俺は本当にバカな選択をしたのだ、と今になって深く痛感する。


   ***


「息子が身分証の発行申請した理由を、どうしてきちんと確かめなかったんだ!」


「通行証の発給に使うとおっしゃっていたので、それ以上は……」


 シルディア城の窓口で父はイラついていた。そして、この街の治安を守る警護隊としての目が燃えていた。


「ここから魔王城の間に通行証が必要な要衝ようしょうなどないだろ!」


 透明化したまま遠巻きに見ていたシリウスは冷徹な目をして、小声で言った。


「面倒なことになってるじゃないか。あの男が君の死に裏があると気づきでもしたら、魔王様の思惑が台無しになる」


「それは魔王の自業自得だろ……」


 俺が不満をぶつけると、シリウスは悪魔のような形相ぎょうそうで俺を見た。……元から悪魔みたいなもんか。


「魔王様を愚弄ぐろうするのは許さんぞ」


「俺の死体を見てるんだし、大事おおごとにはならないだろ。父さんの思い過ごしで終わるさ」


「いや、魔王様の障害になる芽は即座にむべきだ」


 父に向けて火球を放とうとするシリウスの顔面にパンチをかます。奴がひるんだ隙に身体をホールドして、城塞の外に簡易転移魔法で瞬間移動テレポートする。

 シリウスが口の端から青い血を流して地面に尻をついていた。


「魔王様にも殴られたことないのに……!」


 シリウスの身体がメキメキと音を立ててひび割れて、見る見るうちに青い炎をまとった鈍色の巨体に変貌していく。一部の魔族は真の姿を顕現けんげんさせるらしいが、こういうことか。


「消えろ!」


 青い炎の爪が振り下ろされる。それを回避して、空中に退避する。


「お前がいなければ、ボクが魔王様の一番なんだぁ!!」


 感情ダダ漏れで無数の火球魔法を解き放ってくる。防御魔法で光陣を展開し、火球をシャットアウトする。

 爆炎と黒煙をき分けてシリウスの青い炎の腕が伸びてきて、その爪で俺を引き裂こうとする。


 俺は光の剣を異空間から引きずり出して、その腕に斬撃をぶち込んだ。パックリと割れたシリウスの腕から炎がほとばしる。


「ぐああっ!!」


 光の剣をシリウスの顕現した悪魔の顔に向ける。燃える眼が俺を睨みつけた。


灰燼かいじんに帰せ──」


 シリウスが唱えた瞬間、天空から白熱する巨大な火の剣が降り注いできた。周囲の地面と空間を轟音と炎熱の小さな地獄が包み込む。

 天高く飛翔した俺には意味がない。眼下がんかでは、シリウスが黒煙の中をうかがっている。


「やったか……?!」


 光の翼を呼び出して、急降下する。

 無防備なシリウスの脳天目がけて、神速の剣撃を突き下ろした。シリウスの頭から身体を突き抜けて光の柱が屹立きつりつする。


 シリウスは大きな音を立てて倒れ込んだ。その身体を光の粒が包み込んで人の姿に戻っていく。横たわるシリウスの魔力は消滅しているようだ。

 着地して光の剣を異空間に送り返す。まずいことになった。


「やべ……。ぶっ殺しちゃったよ……」

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