第49話 禁断レディ

 その部屋は、リナちゃんとはまた違う、少し大人の香りがした。


「どうぞ、上がって」


「お、お邪魔します」


 俺は恐縮しながら、先生の後に続く。


「このクッション、使って」


「あ、はい」


「飲み物、麦茶で良いかな?」


「お、お構いなく」


 俺はなおも恐縮しながら、ちょこんとテーブルの前に座る。


 普段、あまりすることのない正座になっていた。


「そんなに気を遣わないで。私が誘ったんだから」


「いやぁ、まあ……やっぱり、目上の人のお家は、緊張しますよ」


「……ごめんね、迷惑だったかな?」


 眉尻を下げて言う篠原先生を見て、


「め、迷惑だなんてことは……」


 俺は慌ててフォローしようとするけど、なかなか良い言葉が思い付かない。


 先生は俺のことをモテ男くんなんて言ってくれたけど、男としてまだまだ修行不足だと思う。


「よいしょ」


 先生は麦茶を運んで来て、俺の向かい側に座る。


「どうぞ、飲んで」


「いただきます」


 正直、うだるような暑さの中でだいぶ喉が渇いていたから。


 ゴクリ、ゴクリ、と一気に飲み干してしまう。


「おかわり、どうぞ」


 先生はすぐに注いでくれる。


「す、すみません」


 しばし、2人して無言のまま、麦茶を飲む。


「……ねぇ、加瀬くん」


「あ、はい」


「聞いた話だと……マッサージ、上手なんだよね?」


「へっ? ま、まあ、それなりには……評価してもらっています」


「舞浜さんにしてあげているの?」


「ええ、まあ」


「舞浜さん以外の子には?」


「……ノーコメントで」


「さすが、ハーレム王くんね」


「や、やめて下さいよ、先生……」


「……ちなみに、だけど」


「はい?」


「ハーレムって、色々なメンバーがいた方が良いわよね?」


「せ、先生?」


「うら若き美少女たちに囲まれるのも良いでしょうけど……エッセンスとして、私みたいなアラサー女は……どうかな?」


 俺はあんぐり、と口を開いてしまう。


 篠原先生は、すぐにハッとした顔になった。


「ご、ごめんなさい! 私ってば、すごくおかしなことを……そもそも、教師が教え子を自宅に招くとか……他のマンションの住人の噂をされたらどうしよう……」


「それは……変なウワサが立たないことを、祈るしかないですね……」


「うん、そうだね……まあ、いざとなれば、私も覚悟を決めるし。最悪、実家に帰って、またリスタートするか……お見合いをするか」


「えっ、お見合い?」


「まあ……とは言え、こんな売れ残り女に、良い縁談なんてそうそうないから。今までも、何度か仕方なく、親の勧めでお見合いしたけど……みんな、ちょっとねぇ……」


 先生は苦々しい顔になる。


「はぁ~、もし、加瀬くんみたいな若くて素敵な子がお見合い相手だったら……すぐにオーケーサインを出しちゃうのに」


「せ、先生……」


「ご、ごめんなさい。私ってば、本当におかしいわ……暑さにやられたのかしら」


「やっぱり、お疲れなんじゃないですか? 俺に気を遣わず、休んで下さい……というか、俺はもう、帰った方が……」


「……待って」


「えっ?」


 先生が、切実な瞳を俺に向けていた。


「……もし、良ければだけど……私にも、マッサージしてくれない?」


「せ、先生に……ですか?」


「うん……ダメ?」


「そ、それは……」


 ちょっと、リナちゃんに確認を……いや、今はバイト中か。


 それはさておき、さすがに躊躇してしまう。


 先生が、アラサー女だから、ではない。


 やはり、教師と生徒の間柄は微妙だから。


 先生が心配するように、ヤバい噂が立って、先生が教師を辞めることになったら……


「……癒しが欲しいの」


「先生……」


「お願い、加瀬くん。責任は、ぜんぶ私が取るから……揉んで?」


 クラッとしてしまう。


 先生、自分のことをモテないアラサー女と自虐気味だけど。


 ぶっちゃけ、かなり美人というか、可愛いし。


 スタイルだって、良い。


 スラッとして、胸もほどよく実っている。


 ぶっちゃけ、学園の男子や男教師は、みんな篠原先生に魅力を感じている。


 ただ、ちょっと巡り合わせが悪い、残念属性がついてしまっているだけで……


「……揉みます」


「へっ?」


「俺のマッサージで、先生が少しでも癒されるなら……ぜひとも、やらせて下さい」


「い、良いの? こんなアラサー女に?」


「だから、先生はきれいですって。もっと、自信を持って下さい」


「……じゃあ、加瀬くんが持たせて?」


「そ、それは……プレッシャーだなぁ」


「ふふ、冗談よ」


 先生は、ようやく笑ってくれる。


「じゃあ、ベッドに行きましょうか」


「えっ、ベ、ベッド?」


「あっ……こ、ここでの方が良いかな? 適当にクッションを引いて……」


「い、いえ……先生がお望みなら……ベッドの上で」


「……うん」


 それからのことは、あまり詳しく語れない。


 ただ……ギシッ。


「あんっ、加瀬くん、上手♡」


「そ、そうですか?」


「ええ、本当に。舞浜さんを初め、女子たちがあなたにゾッコンになる理由、分かるわ」


「いえ、そんな……」


「ねえ、もっと揉んで?」


「こ、こうですか?」


「ああああぁ~ん……悔しい」


「えっ?」


「年下の男子に、こんな気持ち良くさせられて……」


「ご、ごめんなさい」


「それから、あと私が10歳若ければ……」


「先生?」


「……ううん、何でもないの」


「あの、先生。俺、やっぱり嘘はつけないから。このこと、後でリナちゃんに……」


「ええ、話してちょうだい。その結果、私が裁かれることになっても、良いから」


「まあ、リナちゃんも何だかんだ、篠原先生のことが好きですから。悪いようにはしないと思いますよ」


「でも、何だか意地悪はされそうね」


「確かに」


「ていうか、加瀬くんも何だかんだ、意地悪よね?」


「えっ、俺がですか?」


「だって、さっきからこんな、嫌らしい手つきで……」


 グリッ、ゴリッ。


「おほッ……やだ、変な声が……」


「先生、ここでのことは、他言無用ですから。どうか、今は遠慮なく、恥ずかしい声も姿もさらしてください」


「……加瀬くんって、実はド変態なのね」


「え、えぇ!? な、何でですか?」


「うふふ♡」


 こうして、日頃からお世話になっている先生に、ご奉仕いたしました。




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