第48話 やらみっ!

 お互い、見合って、見合って……


「……き、奇遇ですね」


「奇遇だね……」


 とりあえず、そう言っておく。


「加瀬くんは、もしかして……舞浜さんとデート、かしら?」


「あ、はい……でも、ついさっき、リナちゃんがバイト先からヘルプ要請を受けて……」


「じゃあ、今は一人なんだ」


「ええ。もう暑くてたまらないですし、帰ろうかなと……」


「……ねえ、加瀬くん」


「はい?」


「もし、良ければなんだけど……ちょっとだけ、私に付き合ってくれない?」


「先生に……ですか?」


「うん……って、嫌よね。こんなアラサー女の誘いとか……舞浜さんみたいに、イケてるピチギャルじゃないし……」


「そ、そんなことは……先生の私服姿、初めて見ましたけど……素敵だと思います」


「…………」


「あ、ごめんなさい。俺、何か変なことを……」


「……さすが、モテ男くんは違うわね」


「モ、モテ男って……」


「だって、舞浜さん以外の女子からも人気でしょ? ハーレム王なんだっけ?」


「ち、違いますって……僕はそんな隼士みたいにチャラけた男じゃありません」


「ええ、分かっているわ……だから、安心して。これは別に、そういったアレじゃないし……何ていうか、その……ちょっとした、面談みたいな?」


「面談……」


「ああ、ごめんなさい。色々と萎えるわよね。こんな蒸し暑い時に」


「いえ……篠原先生にはいつもお世話になっていますから。俺と話すことで、生徒の心情を把握しておきたい……的な意味合いもあるんですよね?」


「え、ええ、そうね。さすが、加瀬くん、話が早くて助かるわ」


 篠原先生は、セミロングの髪をサラっとなびかせる。


「じゃあ、どこかお店に入りましょうか。先生が、何か冷たいモノをごちそうしてあげる」


「い、良いんですか?」


「もちろんよ」




      ◇




 やって来たのは、オシャレなカフェ。


 こういったカフェは、リナちゃんと何度か来ている。


 けど、そのお店とはまた違う場所だから、妙に緊張してしまう。


 しかも、いま目の前にいるが、担任の先生だし……


「……ふむ、季節のパフェか」


 篠原先生は、真剣な眼差しをメニュー表に注いでいる。


「先生、スイーツがお好きなんですか?」


「ハッ、いや、その……さ、最近の流行は何かな~って」


「そうですか。先生は向上心があるんですね」


「ごめんなさい、アラサー女の分際で、若い女子の文化を模索してしまって」


「だ、誰もそんなこと言っていませんから! 卑屈にならないで下さい」


 勝手に闇堕ちしかけた先生を止めつつ、俺たちは注文を済ませた。


「ところで、先生は今日、オフですか?」


「ええ、そうなの。あなた達は夏休みでも、こっちはやることが山積みで……本当に、ひっさびさのオフなの」


「お疲れ様です」


「けれども、こんな不規則な仕事をしているから、友達は予定が合わないし……彼氏もいなくて……」


 ズーン。


 お、重い、空気が……


「お待たせしました~、夏季限定パフェで~す♪」


「きゃっ、すごい♪」


 ナイスタイミング~♪


 先生の機嫌が戻って、俺はホッとする。


「ふふふ、美味しそ~。ていうか、加瀬くんはアイスティーだけで良いの?」


「ええ、まあ」


「遠慮しなくても良いのに……じゃあ、いただきまーす♪」


 あむっ。


「……う~ん、おいちい♪」


「えっ?」


「あっ……お、美味しいわね。さすが、限定メニュー」


「よ、良かったですね」


 俺は何となしに気まずさを誤魔化すために、アイスティーを口にする。


 先生も、大人しくパフェを食べ進める。


「……ねえ、加瀬くん」


「はい?」


「その、恋人がいる状態って……楽しい?」


「まあ、そうですね……正直、今の俺の状況が嘘みたいで。元々、陰キャだったのに、リナちゃんみたいな素敵な彼女ができて……」


「そう……良いわね、リア充で」


「はい?」


「あっ、ごめんなさい、若干の死語だったかも……」


「あ、いえ、ちゃんと分かりますから。でも、リア充ってほどじゃ……」


「リア充じゃないのよ、加瀬くんたちは!」


 ダン!


 食べかけのパフェが驚いたように揺れる。


「あっ……ご、ごめんなさい」


「いえ、お気になさらず……」


「……私、学生時代、カレシとかいなかったから」


「えっ、そうなんですか?」


「ええ、中学、高校はおろか……大学生の時も」


「そんな……」


「大学生の時、サークルの飲み会で、良い感じの人と知り合ったんだけど……結局、ワンナイトのお誘いで」


「は、はぁ……」


「ああ、ごめんなさい、爽やか思春期男子にそんな汚れたワードを……」


「へ、平気です」


「とにかく、だから私は、やらみ……ふすぅ~!」


 パクパクパクッ!


「……はぁ」


「あの、篠原先生」


「えっ?」


「そんな、落ち込まないでください。きっと、たまたまですから」


「私にずっと恋人がいないのが?」


「はい。だって、篠原先生、美人というか、可愛いじゃないですか。スタイルだって良いし」


「…………」


「あ、ごめんなさい。俺みたいなお子ちゃまに言われても、嬉しくないですよね」


「……どうして君の言葉は、いちいち胸に刺さるんだろうね」


「はい?」


「私、舞浜さんほど、胸部装甲が厚くないから……すぐに串刺しにされちゃうわ」


「え、えっと……」


「ああ、ごめんなさい。ひとりごとだから、気にしないで」


 いや、めっちゃ気になりますけど……


「でも、そうね。今のご時世、30を超えても未経験の人って、増えているみたいだし。男女ともに」


「あー、確かに」


「まあ、目の前のマセ男子くんは、ナマイキにも経験済みですけど」


「そ、そんな怖い目で見ないで下さいよ。美人が怒ると怖いって言うし」


「ねえ、加瀬くんって、やっぱりチャラくない?」


「そ、そんなこと言わないで下さいよ」


 俺が弱く反論すると、先生はようやく笑ってくれた。


「はぁ~、久しぶりに楽しい」


「それは良かったですけど……面談っていうのは?」


「ああ、忘れていたわ」


「そ、そうっすか」


「でも、そうね。加瀬くんと話していると、良い情報をいっぱい得られそうだわ」


「別に俺はそんな、情報通じゃないですけど……」


「……ねぇ、加瀬くん」


「はい?」


「これから……私のお家に来ない?」




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