第44話 爽やかな誘惑

 夏はまだ続いている。


 この前は、愛しの彼女が、エロオヤジ共に襲われないか心配で、クソ暑い中をわざわざ歩いたけど。


 今日はさすがにもうしんどいから、クーラーの効いた部屋でのんびり……したかったのだけど。


「あちぃ~……」


 炎天下の中、わざわざ学校にやって来た。


 まあ、バスを利用したから、そこまでヘトヘトにはなっていないけど。


 ちなみに、何でやって来たかと言うと。


 家でのんびり、音楽でも聞きながらくつろごうと思った。


 俺はスマホにイヤホンを繋ごうとして……それが無いことに気が付いた。


 そして、記憶を掘り起こし、教室の自分の机に入れっぱなしだと思い出し。


 こうして、わざわざ、やって来たのだ。


 教室にやって来て、自分の机の中を確かめてみると……


「……良かった、あった」


 Bluetoothでリンクできるこのイヤホン。


 結構いいやつで、高かったから。


 盗まれるのが心配ということもあって、わざわざ来たのだ。


「さて……帰りますか」


 一応、制服を着て来たけど。


 用もない奴があまりウロウロしていると、先生に見つかって注意されるかもしれないから。


 さっさとおいとましよう。


 俺は玄関を出て、再び炎天下に身を投げ出す。


 そういえば、バスの時間、どうなっているかな……


「――ファイオ、ファイオ!」


 ふいに、甲高い声と金属音が耳を突く。


 部活動……大変だな。


 運動部の彼らは夏休みもずっと練習なのだろう。


 そう言えば……


 まだ、バスが来るまで時間はある。


 だから、ちょっと時間つぶしに、俺はグラウンドに足を向ける。


 そこには、野球部とサッカー部がいて。


 そして……


「……あっ」


 見知った女子がいた。


 ポニテが舞う。


 エースで4番と聞いていたけど。


 確かに、他の選手とはひと際ちがうオーラを放っていた。


 ちなみに、ルックスも群を抜いている。


 さすが、リナちゃんと芽衣ちゃんと並んで、三大美女と呼ばれる存在……


「……んっ?」


 スローイングを終えた彼女が、ふとこちらに振り向く。


 あっ、と思った時……


「おーい、加瀬ちーん!」


 さすが、運動部。


 しっかりと、声が出ている。


 海で見せてもらった、あのきれいに筋の入った見事な腹筋。


 そこから、あのよく届く声を響かせているのか。


「や、やあ」


 俺は気後れしつつ、軽く手を上げて応えた。


 彼女はニッコニッコしながら、こちらに駆け寄って来る。


「どしたの? 帰宅部っしょ?」


「うん、まあ……ちょっと、忘れ物しちゃってさ」


「へぇ~、そうなんだぁ~。わざわざ、このクソ暑い中、ご苦労さん」


「七野さんこそ、すごいね……夏休みの間、ずっと?」


「いや、ちゃんと休みあるよ。前にも言ったけど、うちはホワイト部活だから」


「そっか……」


「ちなみに、今日の練習も午前で終わるから。午後はフリーなんだぁ」


「じゃあ、午後は部活の友達と遊ぶのかな?」


「まあ、それも良いけど……」


 七野さんは、何やら上目遣いに俺のことを見て、口元でニヒッと笑う。


「えっ?」


「加瀬ちんこそ、午後からリナぱいとデートすんの?」


「いや、リナちゃん、今日はバイトだから」


「ああ、コンビニか。ふぅ~ん?」


 七野さんは、ますます顔がニヤける。


 どうしたんだろう?


「ねえ、加瀬ちん。もうすぐ、終わるからさ。ちょっと、待っていてくれない?」


「えっ? いや、でも……」


「お願い、ダメ?」


 両手を合わせて、チャーミングにお願いをされる。


 七野さん、サバけた感じだけど、何だかんだモテるから。


 その証拠に、運動部の男連中が、こちらに注目して、何だか殺気立っている。


 女子の仲間たちは、きゃっきゃと冷やかしモードの体勢に入っていた。


 おかしいな、このクソ暑い中、何だか背筋が……


「……ご、ごめん。やっぱり、俺はちょっと……」


「あたし、リナぱいとけっこう付き合い長いからさ」


「へっ?」


「加瀬ちんが知らないことも、いっぱい知っているよ?」


「それは……」


「もっと、知りたくない? 愛しのカノジョのことをさ」


 パチッ、とウィンクをされる。


 先ほどの妙な色気は霧散し、スポーツ少女らしく、とても爽やかだ。


「し、知りたい……です」


「じゃあ、大人しく教室で待っていて?」


「あ、はい……」


 気付けば、俺は頷いていた。


 七野さんは、きれいな白い歯を剥き出しにして、ニカッと笑う。


 元は陰キャの俺は、リナちゃんみたいなギャルにたじろいちゃうけど。


 このスポーツ少女もまた、立派な陽キャ属性だから。


 ちょっと、弱いのかもしれない。




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