第38話 レベチ

 改めて、思い知らされる。


「うっひょー、良いオンナ」


「モデルかな?」


「だとしてもおかしくないレベチだ」


 佐伯芽衣さえきめいという、女子の魅力を。


 たまたま、同じ学校で、同じクラスになれたというのは、もしかしたら、とんでもない幸運なのかもしれない。


 それこそ、宝くじに当たってしまうレベルの。


 友人になって、当たり前のように接していたけど。


 やはり、この子は……


「……潮風しおかぜが気持ち良いわね」


「そ、そうだね」


「好きな人と一緒だから、なおのこと」


「ぶふっ……」


 さりげに打ち込まれるボディーブローが強力すぎる。


 世界的ボクサーかよ……


「あ、昇太くん。ちょっと、あそこに寄っても良いかしら?」


「んっ?」


 芽衣ちゃんが指差す先にあったのは、ショップだ。


 浮輪やパラソルのレンタルをしている。


「すみません、シート1枚お願いします」


「あっ、お姉さん、メチャ美人だね。特別にサービスしてあげるよ~!」


「ありがとうございます」


 さすが、海の男はチャラいな。


 そして、それを笑顔でいなす芽衣ちゃんもさすが。


「まいど~!」


 ご機嫌に声を張り上げる店員に背を向けて、


「さて、行きましょうか」


「あ、俺が持つよ」


「ありがとう」


 そのまま、芽衣ちゃんに誘導されるように、テクテクと歩いて行く。


 そして、やって来たのは、岩場だった。


「それ、敷いてくれる?」


「うん」


 シートを敷くと、


「ど、どうぞ」


「あら、ありがとう」


 芽衣ちゃんが座り、俺もちょこんと座る。


「さざ波の音がするわね」


「うん。何か、落ち着くね」


「そう? 私はずっと、ドキドキしているわ」


 芽衣ちゃんが、体育座りをして、ジッと俺のことを見つめて来る。


 こんなことを言うのもなんだけど、あの時、隼士に奪われて、ちゃんと付き合うルートが消えて良かったかもしれない。


 だって、この子のことを好きで好きでたまらない状態のまま、もし付き合っていたら。


 俺はいちいち、意識を失っていたかもしれない。


 もちろん、俺はリナちゃんのことが好きだし、彼女だって芽衣ちゃんに負けない魅力が詰まっているけど(主に胸に)。


 でも、さっきの男の人たちが言っていたように、やはり……


 この子は、レベチだ。


「リナちゃんの補習期間が終わった後、すぐにエッチした?」


「へっ?」


「隠さなくても良いわよ。みんなお見通しだから」


「ま、まあ……何だかんだ、俺の方も溜まっていたし」


「私にぶちまけてくれれば良かったのに」


「ぶ、ぶちまけるって……芽衣ちゃんみたいな上品な子が、そんな下品なことを……」


「何を今さら。私、クソビッチなのよ?」


「クソって……それはまあ、前の話でしょ?」


「ええ、そうね。以前は、半ばセッ◯ス依存症というか、ほぼ毎日のように、男のアレを咥えていたけど……今はたぶん、ひと月くらい、禁欲しているわ」


「き、禁欲?」


「ええ。オ◯ニーもしていないし」


「え、えぇ~?」


「おかげさまで、ここしばらく、ずっとムラムラしているの。女性ホルモンが、すごい勢いで体内を駆け巡って……あ、でも良いこともあって。ちょっとだけ、お胸が育って来たかも」


「へ、へぇ~……」


「確かめてみる?」


「いや、でも……」


「ほら、前にも、私の胸を揉んでくれたじゃない」


「ああ、うん……」


「あの時、昇太くんにすごく気持ちよくされて……ね?」


 芽衣ちゃんの含みのある目線を受けて、俺はサッと顔をそむけてしまう。


「……まあ、あの時は、芽衣ちゃんの本音が聞けて良かった……のかな?」


「うん、そうね……私も、ちゃんと想いを伝えることが出来て、スッキリしたの」


 芽衣ちゃんは青空を見上げる。


「……ねえ、揉んでくれない?」


「む、胸を?」


「もちろん、それも良いけど……日焼け止めクリーム、塗って欲しいな」


 芽衣ちゃんはニコッとしながら、いつの間にやら持っていたそれをフリフリとして見せる。


「あっ……りょ、了解です」


 俺がぎこちなくも頷くと、芽衣ちゃんは笑顔のまま、シートにうつ伏せになる。


「じゃあ、お願いね」


「は、はい」


 しかし、やはりこうして見ると……きれいだ。


 顔だけじゃなく、体も全て美しい。


 白い肌はきめ細やかで、さらに実際に触れてみると……


「……んっ」


「わっ……」


 思わず、声が漏れてしまうくらい。


 滑らかな手触りだ。


 これはもう、芸術。


 この子は、神様がこの世に送り出した、芸術品。


 そう思ってしまうくらいに、やはりレベチだ。


 リナちゃんの、ムッチムチ、プルプルな体も最高だけど……


「……あぁ~、そこそこッ……ショータくん、本当に上手ぅ~」


「えっ、えぇ!?」


 誤解ないように言っておくが、俺は決して嫌らしいことなどしていない。


 ただ言われた通り、クリームを塗っているだけ。


 まあ、それが嫌らしくない訳ないだろと言われたら、そうなんだけど。


 つまりは、エロい手つきなんてしていない。


 あくまでも、優しく、丁寧に、塗っているだけ。


 それなのに……


「すっご、もうダメ……意識が飛んじゃう」


 ……エロすぎる。


 自分で言うのもなんだけど、俺ってマジで、ゴッハンの持ち主なの?


 ちょっと触れただけで、女子がこんなにも感じてしまって……


「……昇太くんだからだよ」


「えっ?」


「私が、昇太くんのこと大好きだから……ちょっと触られただけで、こんなに気持ち良くなっちゃうの」


「そ、そんな……」


「今まで、どんな男と最後まで交わっても、本当の快楽なんて得られなかったのに……これでもし、昇太くんに入れられたら……私、きっとメチャクチャにされちゃう」


 ダ、ダメだ、そんな潤んだ瞳で、声で、俺を……


 プルプル、と震えたと思ったら。


 海パンが盛り上がっていた。


「あっ……」


 ボッ◯してしまった……


 え、これって、やばい?


 さっき何か言われたけど、まさかのゲームオーバー?


「……あの、昇太くん」


「は、はい……?」


「その、昇太くんのそれ、欲しいんだけど……今はやめておくわ」


「へっ?」


「私、まだちゃんと、理性を持った人間でいたいから……今のままだと、昇太くんに女というか……メスに、ケモノにされちゃう」


「メス……ケモノ……」


「うん」


「あの、ちなみに、さっきリナちゃんと話していた件は……」


「ああ、ボッ◯させたら、私が昇太くんをモノにするって話?」


「う、うん」


「まあ、何ていうか、確かに私は昇太くんのことが好きで、自分のモノにしたいけど……里菜ちゃんのことも、友人として好きだから」


「芽衣ちゃん……」


「偉そうなことを言っているけど、私にはまだ完全にあなたを奪う覚悟がないから……しばらくは、こうしてたまに、そこはかとないエロスを楽しむ関係でいてくれない?」


「そ、それって……何ていうか、生殺しだね?」


「あら、昇太くん? そんなに私と本番したいの?」


「い、いや、そうじゃなくて……俺は、ちゃんとリナちゃんが1番だけど……やっぱり、芽衣ちゃんは好きというか、憧れだったし。ていうか、今も憧れるくらい、素敵で……」


 ああ、もう、ゴチャゴチャと、男らしくない――


 グチャりかけた思考が強制停止される。


 優しいキスで。


 少しだけ、舌が触れ合ったかもしれない。


「……はぁ、嬉しい」


 いつの間にか起き上がっていた彼女は、口を覆い、胸に触れながら、ため息をこぼすかのように言う。


「好きな人となら、最後までしなくても……軽イキしちゃうんだ♡」


 何なんだ、この子は。


 メチャクチャかわ……


 浮かびかけた言葉を、必死に頭を振って払う。


「……もうそろそろ、戻ろう。あまり遅くなると、みんなに悪いし」


「ええ、そうね」


 少し汗ばんだ芽衣ちゃんの黒髪が、風になびく。


 俺はリナちゃんが好きだ。


 その気持ちに、嘘偽りはないし、これからも貫く。


 他の女子になら、どんな誘惑をされても、俺はなびかないだろう。


 けれども、やはり、この子は……特別なのかもしれない。


 もしかしたら、俺もリナちゃんも、とんだ安請け合いをしてしまったのかもしれない。


「行きましょうか」


 だって、俺……前を歩く彼女の腰つきを見て。


 そこを掴んで、後ろから思い切りしてみたいって。


 そんなイケない妄想が膨らんじゃうから。


 今までは、そんな妄想が浮かんでも、リナちゃん以外との交わりは断ち切って来たのに。


 今回ばかりは、その妄想に浸ってしまう自分がいた。


 本当に、ちょっとまずいかもしれない。




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