第39話 冷や汗

 芽衣ちゃんとの時間を終えて、みんなの所に戻ると……


「むすぅ~!」


 リナちゃんがご立腹だった。


「あ、えっと……」


 言わずもがな、彼女は嫉妬してくれているのだ。


「里菜ちゃん、ありがとう。おかげさまで、最高の時間を過ごせたわ」


 芽衣ちゃんは、当然ながらそんなリナちゃんの心理を知った上で、煽るような笑顔を向ける。


 ピキリ、とリナちゃんのこめかみに、青筋が走った。


「え、ていうかさ、勝負(?)はどうなったの?」


 ギクリ!


「いや、その……」


「ショータ、まさか……立ったの?」


 リナちゃんが、ずいと俺に迫る。


 こ、これは、正直に話すべきか……


「立ってないわよ」


「えっ?」


 さらっと答えたのは、芽衣ちゃんだ。


「へっ、そうなの?」


 リナちゃんが目をパチクリとさせる。


「ええ。里菜ちゃんも分かっているでしょ? 昇太くん、あなたに一途だから。私ごときじゃ、元気にできなかったわ」


「へぇ~? ほぉ~? ふぅ~ん?」


 途端に、リナちゃんはニヤつきながら、俺を見た。


「メイちゃんが、自信たっぷりな様子だから、てっきり……でも、良かった♡」


「いや、はは……」


 俺はぎこちなく笑う。


 内心で、冷や汗が止まらない。


 だって……嘘だから。


 不覚にも、俺は思い切り、立ってしまったから。


 芽衣ちゃんの色香によって。


 けれども、彼女は嘘をついた。


 嘘をついてくれた。


 それは……優しさ?


 いや、きっと、それだけじゃない。


 現に、芽衣ちゃんは不敵に微笑んでいる。


 余裕の笑みを浮かべているのは、いつものことだけど。


 あの天使の微笑みの奥底で、イケない悪魔ちゃんがあざ笑っているかのようだ。


 やばいな、あのハイブリッドちゃん。


 ほら、何か笑顔で手を振っているんですけど~!?


「じゃあ、今度はあたしがショータと2人でシケこんで来るから♡」


「えっ、リナちゃん?」


「ほら、行くよ~♪」


 意気揚々と言うけど……


「残念、タイムリミットよ」


「へっ?」


 篠原先生が無情にも告げる。


「そろそろ帰り支度をしないと」


「う、うそ~ん! せっかくの海なんだから、もっとカーニバルしようよ!」


「あなた達は高校生なの。大学生ならともかく、遅くまでハメを外すなんて、ダメ」


「ちっ、教師らしいこと言っている風だけどさ~……本当は、あたちのことが羨ましいんでしょ?」


「何ですって?」


「マコちゃんのやらみそ彼氏ナシばーか!」


「ちょっ、あなたっ……や、やらみそじゃ、ないし……」


「おやおやぁ~? 否定が弱いなぁ~?」


「えっ、マコちゃん先生って、本当に処女なの?」


「いや、あのね……」


「せ、先生みたいな大人の人がまだなら、わたしもそんなに焦らなくても良いかな……」


「ちょっ、まっ……」


「えー、おば処女とかウケる~」


「いや、まだおばさんって言ったら可哀想っしょ」


「てめぇら……」


「しょうがないなぁ~。マコちゃん先生、オレが処女もらってやるよ♪」


「黙れ、クソガキ」


 篠原先生が、何だかドスの利いた声を出して、ドス黒いオーラを放つ。


「み、みんな、あまり先生を責めちゃダメだよ。帰りの運転が怖いし……」


 俺が言うと、


「「「「「「あっ…………」」」」」」


 みんなが口を半開きにして顔を向けると、


「みんな、遺言の準備は良い?」


 すごい笑顔で言う先生がいた。


「「「「「「申し訳ありませんでした」」」」」」


 そして、みんなしてビーチで土下座をする。


 かっこ、俺と芽衣ちゃん以外。


「おほほ、所詮、お子ちゃまは大人さまに敵わないのよぉ~」


「……でも、処女のくせに」


「あ?」


「何でもないよ~♪」


 リナちゃん、懲りてないし……


「じゃあ、篠原先生も参戦します?」


「へっ?」


 芽衣ちゃんの言葉に、先生はキョトンとする。


「昇太くんを巡るラブコメ戦争に」


「えっ」


「ちょい、メイちゃん。あんた、何を勝手に決めてんの? あたしがライバルと認めたのはあんただけ。こんなやらみその……」


「遺言」


「……年上のお姉さまが参戦するのは、お門違いじゃありませんか?」


「そうよ、佐伯さん。まあ、加瀬くんは良い子だし、悪くないけど。教師が生徒に手を出すなんて、ご法度だから」


「そうですね。昇太くんの、すごく大きいですから。バージンの先生には、辛いかもしれませんね」


「へっ?」


 先ほどのみんなと同じように処女イジりをされたのに、篠原先生は瞬間的に怒るよりも、驚きの方が勝っているようだった。


「ちょい、メイちゃん。あんた、さっきショータを立たせていないって……」


「だって、里菜ちゃんがいつも、自慢しているでしょ?」


「あ、ああ、そっか……」


 半ば、腑に落ちないといった顔のリナちゃん。


 その背後で、芽衣ちゃんはまた俺にだけ視線を送って、さらにウィンクをして来た。


 もう、冷や汗が止まりません。


「えっと、ちなみに大きいって、どれくらいの……」


「マコちゃん、生徒に手を出さないんじゃないの?」


「いえ、その……あくまでも、参考までによ。今後、学生の加瀬くんにも負けているようなサイズの男は、相手にしないってね……あはは」


「やらみその見栄っ張りか……」


「えっ?」


「何でもありまちぇ~ん♪」


「あの……帰り支度するならしましょう」


 こうして、楽しいだけじゃなかった、ビーチタイムが終了する。


 けれども、これは怒涛どとうの夏休みの序章に過ぎなかった。




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