第15話 注意報

 久しぶりに飲むコーヒーの味は……


「……にがっ」


「もう、ショータってば。無理してブラックで飲むから」


「いや、まあ、ちょっと見栄を張りたくて」


「可愛いんだから……じゃあ、ミルクいる?」


「ああ、うん」


「あたしの自家製搾り♡」


 むぎゅっ♡


 破壊力バツグンの寄せアピール。


「リ、リナちゃん、だから下ネタは……」


「うふふ~♡」


 すると……


「……って、このクソ甘カップル。さっきから黙って見てりゃ、吐き気をもよおすんだよ」


「あーら、大貫くん。そちらのカップルさんは、何だか冷え冷えとしていませんか? 主にあんたのせいで」


「何でだよ。だから、オレらは大人なんだって」


「あたしだってオトナだよ」


「まあ、確かに。その乳だけは、大人の女も顔負けだな~?」


「ねえ、佐伯ちゃん。こいつ殴っても良い?」


「ふふ、それは許してあげてちょうだい」


「ふん、良かったね、大貫。佐伯ちゃんがいなかったら、今ごろあんたの顔は消滅しているから」


「消滅って……お前、オレのイケメンが無くなったら、悲しむ女子が多数だぞ」


「ねぇ、ショータぁ。あたしの直搾り、飲む?」


「リ、リナちゃん」


「ぶち殺すぞ、テメーら」


「落ち着いて、隼士くん」


 何か、わちゃわちゃとしているなぁ。


 佐伯さんがいなかったら、もっとしっちゃかめっちゃかになっていそうだ。


 隼士はともかく、佐伯さんは本当に大人だ。


 清楚で真面目なイメージが先攻しがちだと思うけど。


 ちゃんとコミュ力が高いというか、社交的だし……


「……浮気注意報」


「えっ?」


 ふいの突き刺しに、パッと隣を見る。


 リナちゃんが、ふくれっつらになっていた。


「ショータ、佐伯ちゃんのこと見つめ過ぎ」


「そ、そんなことは……」


 俺は慌てふためき、ギャル彼女と、清楚クラスメイトの顔を見比べてしまう。


「あはは、そんなことはないと思うよ」


 佐伯さんは、微笑んで言う。


「だって、はたから見ていて、分かるもの。加瀬くんは、本当に舞浜さんのことが好きなんだって」


「え~、そうかな~?」


 露骨に機嫌を取り戻すリナちゃん。


 佐伯さん、何か本当にすごいな……


 リナちゃんは、俺に対して甘々だけど。


 誰にでも、気を許すタイプじゃないのに。


「で、加瀬くんは、舞浜さんのどこに惚れたの?」


 笑顔の佐伯さんに問われて、俺はうっと返答に困る。


 だって、リナちゃんに惚れたきっかけは……


「……ごめんなさい。気に障ることを聞いてしまったかしら?」


「あ、いや、その……佐伯さんは、悪くなくて……」


 と言って、俺はつい隼士に目配せをしてしまう。


 やつもまた、どこか罰の悪そうな顔をした。


「ごめんね、言いたくなかったら、言わなくても良いから。そこら辺は、デリケートな問題でしょうし」


「いや、その……何ていうか……辛い時に、リナちゃんに助けてもらったから……かな」


 俺は言葉を選びながら、ゆっくりと回答をする。


「そっか……」


 佐伯さんは、何だか含みのある目線を、ティーカップに落す。


「……あたしの方こそ、ショータに救われているよ」


「えっ? そ、そうかな?」


「うん。だって、こんなに好きになる男子、存在しないと思っていたから。今まで、しょうもない男ばかり見て来たし……大貫みたいな」


「おい、いちいちオレに突っかかって。さてはお前、本当はオレのことが好きだろ?」


「あ?」


「……うっそぴょーん」


 やべぇ。


 最近のギャルは優しいイメージだけど。


 それでもやっぱり、怒らせるとこえぇ~。


 絶対、リナちゃんには逆らわないでおこう。


「てか、こっちこそ聞きたいんだけど。何で佐伯ちゃん、大貫と付き合ってんの?」


「それは……」


 佐伯さんは、ゆっくりと間を開ける。


 俺は自然と、前のめりになってしまう。


「……顔が良いから」


 その場が、シーンと静まり返る。


 周りの笑い声も、どこか遠くに聞えた。


 しかし、すぐに――


「ぶわっひゃっひゃっひゃっひゃぁ!」


 リナちゃんのちょっとお下品な高笑い、いやギャル笑いが響き渡る。


「ひ、ひぃ~! ま、まさか、佐伯ちゃんが、こんなに面白いなんて……まさかの、ショータ級?」


「リ、リナちゃん、笑い過ぎだよ。ここ、店の中だし」


「いや、だって……ぷはっ!」


「な、何で笑うんだよ。事実だろうが」


「お、大貫。あんたは確かに、面だけは良い方だと思うよ」


「性格も良いだろうが」


「ああ、そうね。良い性格をしているわ」


「この野郎……」


 隼士は赤面して顔をうつむけてしまう。


 いつも飄々ひょうひょうとおちゃらけているこいつが、珍しい。


 やっぱり、ギャルって最強だな。


 いや、もしかしたら、それ以上に……


「ていうか、佐伯ちゃんって、もしかして……天然?」


「そ、そうかな?」


「で、でも、佐伯さん、成績は良いよね?」


「けどさ、それとこれとは別問題じゃん? いや~、でもこの属性は、ズルいわ~。完璧な美少女が、実は天然とか……あ、だから、大貫に騙されたの?」


「舞浜、頼む。その辺にしてくれ……」


 うなだれる隼士が、何だか気の毒になって来た。


 とりあえず、俺の彼女がごめん……


「分かった、分かった。あんたの面の良さと、そのズル賢さだけは褒めてあげるよ」


「うるせーよ、ボケ」


「でも~、やっぱり~、あたしはショータが一番だもんね~♡」


 むぎゅっ、と抱き付かれる。


 お、おっぱいが……デカい。


 そういえば、まだ何カップか聞いていなかった。


 あ、後で聞いちゃおうかな……(我ながらキモすぎる)。


「うふふ……あ、ごめんなさい。ちょっと、お手洗いに……」


「は~い、行ってら~♪」


 遠慮がちに立つ佐伯さんに、リナちゃんはご機嫌な様子で言う。


「おい、舞浜。あまり、オレの彼女を刺激するなよ」


「え~、何で~? あんなおもしろ属性を知ったら、これからガンガン絡んで行きたくなったんだけど」


「……お前、バカだな」


「はぁ~? あんたにだけは言われたくないわよ。ねぇ、ショータ?」


「あ、あはは……」


 俺はぎこちなく苦笑し、曖昧に言葉を返す。


 楽しそうに笑うリナちゃんを横目で見つつ、俺は何だか隼士の神妙な面持ちが気になった。




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