第13話 真逆

 女子の体操着って、何でこんなにも、心惹かれるのだろうか?


「4組の渡辺って、結構いいカラダしてんなぁ~」


「3組の星野だって、意外とたまらん」


 なんて具合に、エロ男子どもが、しょうもない会話をしている。


「けど、やっぱり……我が3組、ひいては学年、いや学園のマドンナと言っても過言ではない。佐伯さえきさんが、最高だよなぁ~」


 エロ男子どもがこぞって羨望の眼差しを向ける先には。


 普段、下ろしている黒髪をポニテにしている。


 とびきりの美少女がいた。


 俺が恋をしていて。


 そして、恋破れた相手。


 なんて、勝手な被害妄想も入っちゃっているけど。


 正直、その時は、彼女と同じクラスで、もう死にたいと思ったくらいだ。


 でも、今はむしろ良かったと思っている。


 なぜなら、そのマドンナたる彼女に目線を奪われているおかげで。


 俺の最高に可愛い彼女に、嫌らしい目線があまり向かないから。


 ちなみに、その彼女は、長袖ジャージでびっちりガードをしている。


 普段、制服だと、胸元のガードが緩めなのに。


 いや、でも、俺と付き合い始めてから、そっちのガードも固くなった気がする。


 ああ、それだけのことで、嬉しくなってしまう。


 キモい独占欲だと思いつつも、俺は……


「よう」


 その声に、ビクッと反応する。


 鈍い動作で振り向くと、そこにいたのは……


「……隼士しゅんじ


 ここしばらく、ずっと会話していなかった。


 友人……と呼べるかどうか、もはや定かでない存在。


 けど、そいつはいま、以前と同じように、笑顔を浮かべている。


「そんな顔すんなよ。ずっと、お前に謝りたかったんだ」


「……別に、謝ることはないだろ。俺と佐伯さんは……別にどうこういう関係じゃなかった訳だし。お前の言う通り、俺がモタモタしていたのが悪かっただけのことだ」


「さすが、余裕だな。彼女持ちともなると」


「はっ? な、何のことだよ?」


「トボけても無駄だよ。俺には分かる。何せ、あの佐伯芽衣を落とした、恋愛マスターだからな」


「そうかよ……」


「で、もう舞浜とはヤッたの?」


「…………」


「その沈黙は、肯定と受け取るぞ」


「……だとしたら、何だよ」


「いや、素直におめでとう、よくやったと言ってやるさ」


「何サマだよ、お前」


「オレ様だよ」


「キモ」


 そう言って、俺はついつい笑ってしまう。


 直後、ハッとする。


 何だか、気恥ずかしい気持ちだ。


 以前、ちゃんと友人だった頃の感覚が蘇って、ちょっと懐かしい。


 油断すると、泣いてしまうかもしれない。


 ああ、そうか。


 もしかしたら、俺はこいつと、仲直りがしたかったのかもしれない。


 正直、こいつが俺にした仕打ちは、まだ完全には許せないけど。


 それでも……


「じゃあ、今度ダブルデートでもするか?」


「ダ、ダブルデート?」


「良いじゃん、みんな同じクラスなんだし。親睦を深めようぜ~」


 隼士はもうすでに馴れ馴れしく、俺に肩を組んで来る。


 そうか、この強引なコミュ力で、佐伯さんも……いや、考えるのはよそう。


「……まあ、気が向いたらな。リ……舞浜さんにも、聞かないとだし」


「オッケ。まあ、芽衣と舞浜はタイプが真逆だけどさ。芽衣は社交的だから、きっとギャルの舞浜とも仲良くやれるよ」


「うん、そうだな」


 だって、冴えない俺にも、優しくしてくれるし。


 本当に、社交的って感じだよ。


 とか思っていたら……何か女子サイドの方で、佐伯さんがリナちゃんに話しかけていた。


「おっ、ウワサをすれば、何とやらってやつだな」


 隼士がニヤけたまま言う。


「ていうか、芽衣が注目っていうか、もてはやされがちだけどさ。舞浜も、実はかなり可愛いよな。あと、おっぱいは芽衣よりもデケーし」


「おい、隼士。あまり……」


「分かっているって。オレ、こう見えて一途だからさ。ちゃんと、芽衣のことだけが好きだよ」


「信用性が低いんだよ、お前の発言は」


「ひどいなぁ~。でも、俺は嘘なんて吐いていないだろ?」


「……まあ、そうだな」


 久しぶりの、隼士との会話は。


 苦々しい思いが込み上げつつも。


 何だかんだ、少しだけ喜んでいる自分がいた。




      ◇




 昼休み。


 俺とリナちゃんは、校舎裏にて、2人きりでお弁当を食べている。


「そういえば、リナちゃん。今日の体育の時間、佐伯さんと話していたよね?」


「んっ? まあ」


「その、何を話していたのかな~って……」


「ああ、別に大したことじゃないよ。ただ、あたしが長袖ジャージを着ていたからさ。暑くないのって言われて」


「なるほど」


「で、あたしはこう返したの。『愛する彼氏以外に、乳揺れを見せたくないから』って」


「……リ、リナちゃん」


 ちゃんと察していたけど、改めて言われると、すごく嬉しいな……


 ていうか、頭がクラクラしそうだ。


「あと、ショータとのことも聞かれたよ」


「えっ?」


「その彼氏って、ショータのことって……何か、察していたみたい」


「ああ、そっか……それ多分、隼士から聞いたのかも」


大貫おおぬき?」


「うん。今日、久しぶりにあいつが話しかけて来てさ。俺とリナちゃんが付き合っているの、気付いていたっぽい」


「ふぅ~ん」


「で、さ……何か、ダブルデートしないかって言われたんだけど……」


「ダブルデート……ねぇ。何だか、色々と正反対の構図だね」


「た、確かに」


「まあ、大貫はともかく、佐伯ちゃんとはもっと話してみたいし。タイミングが合えば、ダブルデートもありかなって」


「そっか……」


「ショータは、やっぱり気が進まない?」


「えっ?」


「まだ、佐伯ちゃんのことが……」


「いや、もう気持ちは吹っ切れているよ。いまの俺は……リナちゃん、一筋だから」


 そう言うと、リナちゃんは箸を置く。


 黙りこくった彼女を見て、俺は少し焦った。


「ご、ごめん。ちょっと、キモかった?」


「……ううん、嬉しくて」


 リナちゃんは、俺の方をジッと見つめる。


「……キスして」


「えっ、こ、ここで?」


「うん……」


 可愛い彼女とキスをするのは、もちろん大歓迎だ。


 けど、いまは食事中であって。


 リナちゃんの唇も、唐揚げを食べたせいか、ちょっとテカっていて。


 でも、それが何だか、妙にリアルで……エッチだ。


「ねぇ、ショータぁ」


 リナちゃんが、身をクネクネとさせる。


 普段、他のみんなの前では、割とクールに佇んでいる彼女。


 けど、俺の前だけでは、こんな姿を見せてくれる。


 それがもう、たまらない。


「に、臭い、大丈夫かな?」


「お互いさまだから、平気だよ」


「そ、そっか」


 相変わらず、女々しい俺は、凛々しい彼女にリードされっぱなしで。


「……んっ」


 けど、キスに関しては、こちらが積極的にリードする。


 彼女の舌に染みついた、唐揚げの味も貪るように。


「……ぷはっ」


「ご、ごめん、やり過ぎた?」


「……溺れるかと思った。唾液地獄に」


「だ、唾液地獄って……」


「でも、やっぱりどうしても、遠慮しちゃうよね。周りに、誰もいないって言っても。ガッコだし」


「ま、まあね」


「じゃあ、今日の放課後、どっちかのお家で……死ぬほどベロチューしたい」


「…………」


「ショータ?」


「……ごめん、ちょっと気を失っていたよ」


「ふふっ、ウケる」


 笑顔のリナちゃんに、デコピンをされる。


「あいてっ」


「どうしよう。あたし、ショータのこと、いじめたい願望が溢れちゃう」


「な、何と……俺って、やっぱりドMっぽい?」


「う~ん……でも、本番の時は……ちょっと、Sっぽい所もあるよ?」


「そ、そうかな?」


「たまに、呼び捨てされるし……あれ、ドキッとしちゃう♡」


「あ、あはは……」


「ねえ、呼び捨てしてよ」


「え、えぇ……リ、リナ……さん」


「ぷはっ! な、何で、むしろ敬語になってんの?」


「うぅ~……勘弁してくれ」


「はぁ~、やっぱりショータって、最高だわ」


 心底、満足げに言われて。


 俺は照れつつも、無情の喜びを噛み締めていた。




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