第3話 異質な人


 現在、金曜日の19時15分。お客様とスタッフがお店という舞台に立つ役者のように華やかに動き、目に映るもの、耳に届くもの、鼻をくすぐるもの全てが静かに流れる時間を彩っている。

 そんな中、どんよりとした空気を全身に纏う一人の男が突っ立てる。

「いらっしゃいませ」

 僕は鞄をお腹に抱えている姿はどしても好きになれない。それが若い男性であれ女性であれ、ましてや目の前にいる男性くらいの年齢になるとなおさら貧相で不細工に見えてしかたがない。個人的な感想だと百も承知なんだけれど、ここは混雑した電車でもバスでもないし、来店してからかれこれ5分は経っている。

 鞄くらい肩から降ろしたらどうだ。

 その男は立ったまま、メニューを届ける僕の顔をじっと見る。僕は黙ってメニューをテーブルに置く。

「お水、頂戴」

男性はそれだけ言うと、やっと鞄に手をかけた。

「はい」

 でっぷりと突き出たお腹を見ながら返事をする。マスクをしているため表情がまったくわからないから言葉が継げない。

「ごめんね。あぁいうタイプは苦手なんだ」

 サービスカウンターに戻ると北條さんが謝ってきた。

「いえ、構いません。でも、せっかくの華やかなお店の雰囲気があそこだけ沈んでしまうのは悲しいから、彼の注文に期待しましょう」

「そうだね。ワインの注文が入りそうだったら僕を呼びに来て」

「はい」

 男性は壁側にある椅子に鞄をドカッと置いてすぐにパソコンを取り出した。テーブルで電源ボタンを押されたノートパソコンの画面が白く光り、立ったまま、腰をかがめて操作する男性の顔を照らした。

 お冷を置く場所にも困っている僕を見ようともしない。一般的に通路側に座ると我々サービスマンや他のお客様がすぐ後ろを歩くことになるから落ち着いて食事できないし、パソコンの画面が人目にさらされると思わないのか?

 僕は他のテーブルの用事を淡々とこなしながらもあの男性の行動が気になってしかたがなかった。それにもまして気になるのは、男性の隣のテーブルで食事をしているご夫婦のこと。奥様がさっきから男性のことをちらちらと気にしている様子だ。隣の客がずっと立ったままでいるんだから、落ち着かないのは当たり前のこと。

 とりあえず早く着席してくれ。

 カタカタとキーボードを叩いていた手が止まったとき、男性は椅子を引いて座ったけれど、ポケットを探りスマートフォンを取り出した。一向にメニューを開く気配がない。入店後、10分は経過している。

 これは埒が明かない。このまま放置していたらお店の品格に関わりそうだった。


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