第2話 不穏な空気

「さて今日のワインはなにがいいかな?」

「今まで飲んだワインで、おいしいと感じた銘柄を覚えていらっしゃいますか?」

「ボルドーでしたが銘柄は忘れました。すごくしっかりとしたワインでした。でも今日は同じボルドーでも少し優しいワインがいいなと」

「そうですか。ではどっしりとしたワインが多いメドックの中でも、メルロを多く使った親しみやすいシャトー・ベイシュヴェルは如何でしょう?ラベルには帆船が描かれています」

「帆船のラベルですか・・・。そのラベルはまだ見ていないかな」

「ボルドー右岸にあるサン・ジュリアンという村で作られています。以前のワインと同じ産地ですから比較してお飲みいただけると楽しいかと思います」

「なるほど。じゃあ、それで」

「かしこまりました」

 こんなにキラキラして、ワクワクとする会話があちこちで繰り広げられる。テーブルにはワイングラスやシャンパングラス、カクテルグラスが並び、それらすべてが穏やかな笑顔で満たされている。

 このお店にはソムリエが二人、ソムリエールが一人いる。ワインの知識も豊富だし、サービスも流れるような動きで接客している。しかも会話も楽しいのでお客様からとても可愛がられている。憧れではなく、いつか僕も一緒の仕事に関わりたくてワインの勉強を始めた。


「立花君、申し訳ないけれど、あそこのテーブル、お願い」

「え?」

 キャプテンソムリエの北條さんから声をかけられた。北條さんの視線の先を追ってみると案内された席の横で男性が一人で立っていた。北條さんは申し訳なさそうな表情をしている。

「はい、承知しました」

 年のころは50歳。身長170㎝、その膨らんだお腹から推測すると体重80㎏超えてる。黒ぶちの眼鏡に、刈り上げたざんばら髪。白い長袖のカッターシャツに青いネクタイ、黒いズボン、茶色のベルト、黒い靴下、茶色の革靴。

 僕が気になったのはリュックサックを背中ではなく正面で肩からかけている。案内されたテーブルの横に立ってキョロキョロして落ち着かない。

 僕は一気に水をかけられた気分になってしまった






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