寡黙なウェイターはかく語りき

橘 遊

第1話 キラキラした街

 「夏をあきらめた高気圧は秋雨前線に押しやられ、来週は色とりどりの傘の花が咲くでしょう」

 天気予報のお姉さんは、自分で考えたこの台詞がとてもお気に入りの様子で満足そうな笑みを浮かべているけれど、僕は秋の雨は冷たくて好きじゃない。

 この季節になると日中の最高気温が25度を超えることはなく、もう15歳になるパピヨンとまもなく10歳になるゴールデンレトリバーは老犬なりに朝晩の散歩への意欲を増している。

 読書の秋 芸術の秋 食欲の秋 お洒落の秋

 どの言葉をとっても、寒くなる前の短い季節をワクワク、ドキドキと昂ぶる気持ちがあふれている。


「いらっしゃいませ」

「ありがとうございます」

 陽が落ちると、通りに面した店舗の灯りが綺麗に街並みを彩り、行き交う人たちはその暖かな光に魅入られ、お店の扉を開けて入っていく。オリーブオイルとニンニクの香りに包まれたテーブルと椅子が心地よい時間を保証するかのようなカフェ&レストランはさらに賑わいを増し始め、僕たちウェイターは脚を止めることなく動き回っている。

 ここ、表参道の街に集まってくる人たちは老若男女問わず、どこか緊張をした表情をしている理由は、すれ違う人や信号待ちをする人を品定めをする、いわゆる「人間観察」が自然とまかり通っているし、どうもそれを快感だとする人も多いからだ。原宿駅から表参道交差点まで続く都道413号線の両側には、世界的に有名なブランドのフラッグシップとなる店舗が煌びやかに並び、約150本の欅の木は12月になると約90万球の光で彩られる。日本初上陸のお店や流行の発信基地となるお店ができたり、そしてそれに敏感な人がこぞって集まってくる。青山通りはランボルギーニやフェラーリ、アーストンマーチンが走り抜け、ポルシェやBMW、ベンツより国産の軽車両を目にすることが少ない。

 自分が今、ここ表参道を歩いている現実を誇りに思うことこそが、この街の価値。

 でも、そんなに便利な街ではない。映画館やボーリング場などの時間を潰すための娯楽施設がないためか、ただなんとなく青山を訪れた人たちはすぐに行く先探しに苦労する羽目になる。   

 老舗の和菓子屋さんや人気のショップはあちこちに点在していて、気まぐれで歩くには時間が足りないし、人気のレストランは平日でも予約をしていないと利用できない。遊びに来るのであれば、しっかりと下調べをして行動計画と資金計画を立てないとこの街を堪能できない。

 もっとも、この近辺に住んでいるのか、何度も通って街をよく知っているのであればそんな緊張した面持ちでいることはない。

 もしくは僕みたいにこの街で働いていれば時間を持て余すことはない。

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