2.35

 面目ない。いやはや面目がない。よもや照美に、初等教育すら満足に受けられなかった人間に社会知識を授かるなど。

 この数年私は何をしていたのか。どう考えても私の怠慢と不勉強に起因する不始末。一人立ちしてからというものろくすっぽ新聞も読まずに働いて寝てを繰り返す毎日には精神的向上心がまったくなかった。これからはどれだけ疲れていようが情報は常にアップデートしておかなければ。今日の事は戒めとして記憶に刻もう。



「他、何か御用はありますか? お客さん扱いは今日までだから、今の内に我儘を言っておいた方がいいですよ」



 不敵な笑みではないか。その、子供に言って聞かせるような口調はわざとか? 交戦的だな。あ、しかし一つ思いついたぞ。せっかく対応いただけるというのだ。働いてもらおう。



「それなら、食品を入れるお土産用のパックを四つばかりもらえないか」


「そりゃかまわないけど、そんなものどうする気?」


「夕食が喉を通らなくてな。余りを移して保存したいのだ」



 我ながら名案。パックに移し替えれば逃亡の最中に食する事ができる。命を無駄にせず焼香もあげる必要がない。いや焼香に関しては残す残さないに関わらず日々糧となっている動物達のため行おう。そして畜魂碑の前で祈りを捧げるのだ。我々は命の上に成り立っているという事を忘れてはならない。



「そんなの、お皿のまま冷蔵庫に入れておいたらいいんじゃない? うちの宿の冷蔵庫、他と違って大きいから大丈夫だよ」


「あ、いや、昼太郎に、朝取りに行くと言われたからな。皿は空けておきたいのだ」


「そんなの気にしなくていいんだから。昼ちゃんには私から言っておくね」


「あ、いや、悪いからそんな事をしてもらっては。大丈夫だ。お土産用パックをくれ」


「いいって言ってるじゃない。それともなに? なにか企んでるの?」


「そんなわけがなかろう! この私が企みなど! あい分かった! それでは皿のまま冷蔵庫に入れる故、昼太郎によろしく! それではな! お休み!」


「あ、ちょっと」



 おのれ失敗。しくじったな。やはり残すしか……そうだ。部屋に"冷蔵庫にある夕食の残りは食べてくれ"とでも書き残しておこう。よし、万事解決だ!

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