2.33

 富士の奴め要らぬ事を言う。おかげで片桐さんが唐揚げの姿で脳内を羽ばたくようになってしまった。どうしてくれる。



「しかしあれですね。こりゃ昼の余りですね。まったく手を抜いたもんだなぁ」


「残り? 私は食べた覚えがないが」


「そりゃダンナが泥酔してる時に運ばれてきたものですから、覚えてないでしょう」


「なるほど。では、新鮮な気持ちでいただけるわけだ」


「結構でございますね。人生、ポジティブシンキングが大事ですよ」



 ポジティブが。この地に足を踏み入れてからというものネクタイは燃えるは狼藉を働いてしまうは挙句罪から逃げようとしているはと前向きに考えられる事象など一つもないが、まぁ、捉え方次第かも知れんな。そういえばこんな言葉があった。「二人の囚人が窓の外を見た。一人は泥を見た。一人は月を見た」と。境遇に挫けず常に明るい未来を信じる心意気が必要という教訓が込められているようだが馬鹿か! 罪を犯した人間が何を月など見ているのか! 自らの過ちを恥じて罪を償え! 罰の最中に前向きな気持ちになどなるな! いやぁその台詞が全てまるごと私に帰ってくる! 私に明日を生きる資格はない! 腹を切るべきか否かそれが問題だ!




「召し上がらないので?」


「……いただく」




 ……一旦忘れよう。良心の呵責も逡巡も今は保留。ひとまずは目の前の食事。止めて引っ込めた箸を再度運びひとつまみ。どれどれお味は……うむ。普通。美味いか不味いかでいえば美味いが、取り立て特徴のない普遍的な味わい。まぁ安定感があると思えばプラス要素か。それこそポジティブシンキング。前向きに捉えよう。食べよう食べよう。




「ダンナ、ものを食べる時は百回噛まないと」


「いらぬ世話だ。祖母みたいな事を言うな貴様は」


「年寄りの忠告は聞くべきですよ。早食いは胃下垂や逆流性食道炎の原因となる他、中性脂肪もつきやすくなります。中年以降だらしない身体になりたくなかったら、よぉく噛んだ方がいいですよ」


「……」



 妙に生々しい事を言うなこいつ。しかしそんな脅しに屈するものか。早食いはできる男の必須条件。悠長に百回も噛んでいられるか。さぁ、富士の奴を無視して、私は私のペースでこの食事をいただくぞ。


 一ニ三四五六七八九十十一十二十三……



 

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