2.27

 仮に全て富士の言う通りであっても私の中には消えぬ汚名と了承の傷が残る事になる。簡単に了解するわけにはいかない。進むも退くも地獄であるからして、どう足掻いても私の心模様は変わらず罪悪感一色となるのだ。そう、いずれにしたって、いずれにしたって……



「いずれにしたって……」



 富士にそれを伝えんとするも言葉が詰まる。どうしてだろう。



 ……偽るのはよそう。正直なところ私は恐れているのだ。犯罪者として公僕に出頭し、ヤサを豚箱に移す未来を。


 私の人生の中でこれまで絶望的な状況はなかった。初等教育から始まり大学を卒業するまでの孤独な営みは勿論、勤め始めて経験した数多の失態ご無礼やらかしなど、刑事事件の加害者となるに比べれば如何に矮小なものであったか。この身のみで受け止めるには過大な問題だ。莫逆の友でもおれば際限のない弱音を吐き出して「もう駄目だ」と涙ながらに語り気持ちだけでも軽くなっただろうが私に友はいない。辛うじて富士が該当するやもしれんが此奴とは付き合いが浅くありのままの情けなさを脚色演出去勢を交えず伝えるのは難しい。時間経過による信頼関係の構築が行われていない人間に対して裏表ない真心の吐露など一般的な社会常識を有していれば確実に拒否する行為。それを分かっていながらあえて実行に移す心臓を私は持たない。とすると、この問題は私の中で解決し決断しなくてはならないという事になる。先程までは勢いと罪の意識で強固な姿勢を見せてはいたが、一旦落ち着いてしまえば臆病風に吹かれ覚悟が弛む。富士の甘言を受け入れ、全てなかったと思い込み人知れずに消えてしまえばいいのではないかという考えが頭を過るのだ。まさか私がこんな惰弱だとは。しかし逮捕起訴される非日常的事象が間近に迫っている中で微塵も動じない強靭なメンタリティを持つ人間がいったいどれだけいるというのか。私だけを捕まえて「軟弱者」となじるなど、誰ができよう。


 そうさ、私は弱者だ。罰を恐れる下等な存在だ。それを受け入れずしてどうする。私は私の弱さと向き合うべきではないか。そうして初めて、私という人間が本当の意味で完成する、そんな予感さえする。であれば、逃げてしまうのも一つの手ではないか。




「いずれにしたって、なんでしょう」


「……いや、いい。少し考えさせてくれ」






 富士に断りを入れ、保留。しかし答えはもう決まってしまったようなもので、行動するまでの時間は私が私自身を受け入れるためのリードタイム、或いはモラトリアムである。私は弱く情けない。そう、その程度の人間が行う事など、知れているのだ。私はそうした類の人間だ。そうとも、そうだとも。

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