2.23
「この宿、私が継ぐ前からガタがきてたのよ。それでもなんとか騙し騙しにやっていたんだけれど、とうとう人も雇えなくなっちゃって。借金ばかりが増えちゃって」
改めて、私が先程までひっくり返っていた部屋で座布団の上に座り照美の話を聞く会が始まった。触りも触りの段階だが既にお辛いお気持ちを全身で受け精神的ダメージを負う。ズタボロの家庭環境の中、幼くして女将兼大将として生きなければならなかったなどとんでもない波瀾万丈だ。予想されるは聞くも涙語るも涙の悲劇的物語。ハムレット。オセロー。マクベス。リア王の中に照美の宿も加えねばならぬか。
「で、三億円あれば借金返せてお釣りもくるから、お金があればそれでいいんだけれど、そうもいかないじゃない。だから、思い出と新しい門出の記念に結婚でもして第二の人生やり直したいなってわけ」
……
「……」
「……」
「……」
……うん?
妙に間が長いな。感極まって言葉が出ないのだろうか。そんな感じでもないな。眩しい笑顔は今なお健在。思い入っている風ではない。考えても分からん。聞いてみるか。
「……それで?」
「それでって?」
「話の続きだ。まだあるんだろう。続きというか、中身が」
「え? ないのだけれど」
「は?」
「これでお終いよ。借金返せないから宿を畳んで、結婚して新しい生活を楽しむ。それだけ」
「……」
「いや、待ちなよ照美ちゃん。まだ借金が返せないってわけじゃないだろう」
「そうだった。富士さん、三億円工面していただけるかしら?」
「あ、いや、それは……」
「できない?」
「……」
「あ、無理にとは言わないの。話を聞いてくれて、力になるって言ってくれただけで嬉しかったんだから。今まで誰にも頼れなかったわけだし。でもね、実はそんなに悲観しているわけじゃないのよ。私、ずっと仕事ばかりしてきたじゃない。だから、目一杯遊ぶの。旅行したり、朝までお酒を飲んだり、スポーツ観戦をしたり。ね、楽しそうでしょう? 結婚したらお兄さんにも付き合ってもらうんだから」
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