2.15

 どうしたものか、どうもこうもないか。嘆き挫けていても埒がない。部屋にないなら館内だ。自動販売機なら設置してあるだろうし、歯ブラシセットも受付で貰えるかもしれない。なければコンビニエンスストアに直行だ。さすがにこのくたびれた地においてもいい気分なフランチャイズ店はあるだろう。シェア一位は伊達じゃない。

 方針が決まれば善は急げ。服の皺は気になるがだらしないというほどでもなく、闊歩したとて問題ないはずだ。では行くぞ。鍵は何処だ、鍵は何処だ。あった、机の上だ。長方形のアクリルがぶら下がったお馴染みの鍵を手に取り確認。刻まれるシリウスの文字。そうかこの部屋はシリウスの間か。名前だけは立派なものだ。歯ブラシセットの用意もないというのに!


 俄然怒りが込み上げてきた。照美に文句の一つも言ってやろう。入り口を出て施錠完了。廊下に躍り出ると響く軋み。鶯張りなのか経年劣化なのか区別がつかんが、うるさい事には変わりない。カーペットにしろ。駄目だ、一から十まで気に入らない。不愉快さにより狭量となってしまっているのだ。冷静になろう。成熟した法治国家においては成人した者は皆紳士である事が義務付けられている。感情優位となっている姿を他人に見せるわけにはいかん。深呼吸だ。息を吸って……吐いて……あ、いかん、気持ちが悪い。吐きそうだ。下手を打った。水、水……



「あ、ダンナ、起きましたか」



 あ、富士ではないか。いいところにいた。貴様、水を寄越せ、水を。



「丁度今から伺おうかなと。ご気分が優れないかなと思い、こいつを用意いたしました」



 お、その巨大なポリエチレンテレフタレートの容器に入った透明な液体は水だな? 気が利くではないか。



「助かる。いただくぞ」



 ひったくってスクリューキャップを開きラッパ飲み。あぁ染み渡る清々しい冷たさ。優しく香るエタノールと芋の風味。なるほどこれは……焼酎だこれ。



「……富士」


「なんでございましょうか」


「なぜ、芋焼酎なのだ」


「迎え酒です」


「……」


「あ、ちょっとダンナ」



 部屋に戻り洗面台へ。吐き出される芋焼酎。立ち込めるアルコール臭が体調不良を加速させる。勘弁してくれ。


 

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