2.14

 何処だここは。

 いつの間にか寝ているが、自室ではない。畳だ、畳に布団が敷かれ、私がそこに寝ている。借家の床はフローリングだしベッド設置済み。このような奥ゆかしい和のテイストとは程遠い無機質の拵であるから、帰宅はしていない事が分かる。


 ふむ、徐々に意識が明確になってきたが、不愉快だな、この感覚。喉が渇き、ジワリとした頭痛がある。なにより悪心が酷い。胸焼けに似たムカつきが吐き気を催し呼吸の度にえずきかねない体調の不良。これは二日酔いだな。飲み過ぎた。なるほど思い出してきたぞ。他人が使ったグラスの取り替えに成功。その代償として痛飲する運びとなり、前後不覚の失態を演じてしまったようだ。口内環境を守るためとはいえ、自制をすべきだったな。歯も磨かずに寝てしまうとは迂闊も迂闊。ミュータンス菌の繁殖を促し虫歯リスクの拡大につながる結果となってしまった。これでは本末転倒。やってしまった感が否めず猛省の至り。

 時を戻す事はできない。今やるべきは起き上がって状況を確認。そして水分補給だ。あと可能であれば歯磨きもしたい。推測するにここは照美の旅館。宿であれば冷蔵庫に有料の飲み物が入っているだろうし歯磨きも準備されているはずだ。よし、やる気に満ち溢れてきたぞ。明確な行動目的さえあれば人は動けるのだ。勤め時代のように自発心なくデスクに向かうのとは訳が違う。いくぞ、えい、やぁ。




 布団を跳ね除けムクリと起床。起立。見渡し気がつく古めかしさ。清掃は行き届いているがどこか辛気臭く、えも言えない不安が襲う。いかん、急に怖じ気てしまった。酒のせいで自律神経が迷走し情緒が不安定になっているようだ。水を飲み、整えよう。幸い冷蔵庫は三歩で届く距離である。それ、一、ニ、三歩でご到着。取っ手を掴んでこんにちわ。



 空。



 なにもない、なにも入っていないのだ。冷気ばかりが押し寄せる。そんな馬鹿な。ウェルカムドリンクも用意していないのかこの宿は。おもてなしの気持ちは何処へ行った。東京五輪と共に消えたのか。おのれ。


 いかんな。落ち着こう。取り乱してはいけない。ないものはない。しょうがない。仕方がないから歯を磨こう。よし、浴室へと続くらしき扉が確認できたぞ。これも三歩で行ける距離感。大股前提だが、届く。改めて気合い注入。一、ニ、三歩で目的地。ドアノブ捻ってご覧賞。正解。脱衣所と洗面台と浴室。一目散だ大駆け一歩。歯ブラシ。歯ブラシ。歯ブラシ。



 ない。


 

 歯ブラシセットどころかアメニティが一つもない。なんだこの宿は、本当にもてなす気があるのか。ホスピタリティは何処へ行った。

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