2.9

「おやアンタ、照美ちゃんかい」


「富士さん、お久しぶりです」



 なんだ富士は知り合いか。照美というのかこの女。うん、照美。先程聞いたなその名前。婆さんが昼太郎とやらに話を遮られた際に出ていた名前だ。そうかこの女が。名前が判明しただけで為人は依然不明なままだが、文脈を辿ると昼太郎とやらと何かしらの関係があるようだ。恋人とでもいうやつだろうか。うん、そうかも知れない。だからなんだという話だが。



「おや照美ちゃん。ご飯かい」


「あ、はい。丁度一段つきまして」


「待ってなさい。すぐ昼太郎に作らせるから。昼太郎、照美ちゃんが来たよ。何か作っておやりよ」



 再び引っ込む婆さん。視認できる空間には富士と照美。何か気不味い。居心地の悪さに汗が出る。



「お隣いいかしら」



 想定外のでき事。照美が話しかけてきた。それも相席の提案とは如何なる腹積りか。



「あぁ座ってくれよ照美ちゃん。悪いね。ダンナはどうも寡黙で」



 富士、代わりに相手をしてくれるのか。助かる。私はどうも知り合いの知り合いを相手するのは苦手なのだ。距離感が分からん。あの婆さんについては店主と客という関係から気にならなかったが、同じ客同士となると途端に意識してしまう。どうにもコミュニケーション難の傾向が私にはあるようだ。



「そうなんだ。ね、私もビールいただいてもいいかしら」


「かまわねぇよ。ねぇ、ダンナ」


「好きにしたらいい」



 勝手に飲んでくれ。その方が気楽だ。



「ありがとう。あ、グラスはいいの。あんまり飲むと酔っ払っちゃうから、貴方の飲み晒しでいいのよ」



 言うや否やしなやかな手首が伸び私のグラスを引っ掴むとグイと一息。黄金が透明に変わり、彼女の余韻が溢れた。いや、いやいや、いいのかこのような自由奔放。この地に根付く文化だろうか。カルチャーショックである。



「美味しいわね。もっといただきたいけれどお仕事しなくっちゃいけないから、残念」


「照美ちゃん。実はこれから、照美ちゃんとこに向かう予定だったんだよ」


「そうなのね。私の家になんの御用かしら」


「客だよ。予約したんだ。さっき」


「そうなの。ご贔屓にどうも」

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