2.7

「いい歳して恋愛相談ですか」



 やっこなどを持ってきた婆さんからそんな一言。先までの会話を聞いて何故恋愛相談と断定できるのか。謎だ。



「婆ちゃん茶々を入れんでくれ。ダンナは少し特殊なんだ。この歳まで女を知らないどころか知識さえない。いや、女どころか現代社会のいろはが欠落してるんだ。俺が責任を持って一人前にしてやらないといけない」



 散々な言われようではないか。しかし否定できん。現に私はいいともが終わった事を知らなかったし、スマートフォンの機能も使いこなせていないのだから。



「この方は富士さんの甥っ子かなんかかい」


「とんでもない。さっき知り合ったんだよ」


「へぇ。まぁ富士さんが見立てたんだ。余程の人なんだろうねぇ」


「そうさ。ダンナはデカくなるよ」



 どういう根拠があってそんな解釈に至るのか皆目分からず困惑。発想の余地すらない超理論。別次元の基準を元にしているのか。そうであれば、例え日本語であっても解析できない。どういう理屈で私が巨大になるというのだろう。

 さすがの私も、ここでいう"デカくなる"が比喩表現なのは理解できる。物理的に面積が広くなったり全長が高くなったりするわけではなく、所謂傑物、偉人になり得るという事だろう。それくらいの慣用句は把握している。けれどもどこをどう見て富士がそんな風に評価したのか。電車で話をしただけだというのに判断できるものなのか。それが分からない。私はどうも自分が一端の人間になれるような気がしない。社会という無量大数の中に埋もれる凡人に過ぎず、歴史の波に名前ごと流され消えていく存在だと認識している。その私の認識と富士の認識にどうして差異が生じるのだろう。どちらかが間違っているのか、やはり別次元の解釈なのか、興味深いといば興味深い。というより単に私の知識不足という事も有り得る。私が把握していない言葉も山程あるわけだが、私より歳上の富士がそれらをインプットしていても道理からは外れまい。その辺りに着眼すれば、先に言っていた"男にする"の意味も理解できるかもしれん。


 ……


 早速ピンときた。

 奴がいう"男にする"というのは"デカくなる"と同様、何かしらの比喩表現なのではないだろうか。そう考えると文脈の辻褄も合う。ともすると、前後の内容から考えて男にするというのは女性と何かしらの関係を持つという意味であるように思う。そして、あえて伏せ隠すような表現をするという事は公共の場では発せないような意味合いである可能性が高い。それらを加味すると、もしかして富士は私に性行を促すつもりではないのだろうか。


 馬鹿な、公序良俗に反する。富士がそんな真似をする人間であるわけがない。強姦は言わずもがな、売春は禁じられているし、夜這いの風習もとうに廃れた。両者の合意がなければ法に触れる。富士が、この気の良い人間が犯罪を助長するなど考えられん。


 するとなんだろう。あぁ分かった、婚約だ。富士の奴め、俺に結婚しろというのだ。結婚は人生の墓場ともいうし、中々後ろ向きなイメージもある事から、あえて濁した表現をしたのだろう。解明したぞ。問題は相手の見当もついていないという点だが、富士の口ぶりからしてアテはあるように感じる。あるいは、どうとでもなるものなのか。いったいどう都合をつけるつもりなのだろう……さてはテレビジョンでよく観るお見合いというやつを開催する気だな。合点がいった。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る